第5話 「だから、おじさんだよ・・」高度成長を支えた人々

下町にある総合病院に入院した。

それは、救急車が、そこへ送り込んでくれたからだった。

集中治療室から、移った循環器の病室は4人部屋に移った。

術後の苦しい時には、気がつかなかったが、どこも、老人ばかりだ。

生き死にの、重苦しい世界に、自分は、出来るだけ、オープンになった面会室にいるようにした。

そこには、グリーンの公衆電話があった。

このスマホの時代に、珍しいが、高齢者が多いからだろう、と思った。

その公衆電話から、今日も、同じ、、話し声が聞こえる。


「おじさんだよ、えっ・・」

「知らねぇってさぁ、おめが小せえ時、よぐ遊んだべがさ」

「・・・そんだがら、おじぢゃんだよ、、父っつぁまを出してどぐれよ」

「ああ、居ない、そう、いねぃの、いつも、父っつぁま、いねぇんだな」

「だから、おじさんから、電話があった事ぐらい、言ってぐれだがって、いいじゃねべがっ・・・・」

「わがった、わがったから・・・」

受話器を置いて、ため息をついている。


それにあるのは、70才代後半だろうか、今まで、たくさんの労働を背負ってきたような風貌だ。

あたりに助けを求めるように、こちらを見ている。

気まずくなって、自分はスマホを見ているしかなかった。


そして、ある日、室内の移動があり、隣のベットになったので、ほんの少し、話すようになった。

集団就職で東京に出てきて、最初は板前をしていたそうだ。

そして、礼儀正しい人であった・・・

その礼儀は、「最初の板前の修行でそう教わったからなんだよ」と静かに少し笑顔で言った。


・・・・・

そして、先日から、病棟の事務を通して、その人に、家賃の請求がきていた。

高齢になり、1人で暮らしていると、いざという時、大変なんだという実感があるシーンだ。


ただ、この病院は、1906年(明治39年)に財閥が、庶民のために創設した経緯があり、福祉も充実している様子だ。

しかし、食事は、みんなまずいと言ったが、その人だけは残さず食べていた。

私は、半分まで食べないと、また、点滴がはじまるので仕方なく、隠し持ったふりかけとペットボトルの水で口に押し込んでいた。普段、贅沢をしている訳ではないのだが・・あの給食の味が苦手なのだ。


その後、その人のベットに頻繁に事務の人や、区の福祉関係の人たちが現れた。

その様子を、隣から、うつらうつら聴きながら、少し安心した。

ただ、何か、虚しい気持ちになってきた・・・


誰にでも、希望の青春はあったはずだ。

そして、少なくとも、今の日本の高度成長を支えていた事は確かだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

病室奇譚 artoday @artoday

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ