イストワール――禁断のグリモア―鏡と剣とペンダント

桎梏梔子

鏡と剣とペンダント

 悲しそうな瞳をした銀髪の少女が、夜の草原に座り込んでいる。

「どうして……! どうしてああなってしまったの!?」その雪色のワンピースを着た少女は叫んだ。

「仕方が無かったんだよ。スミレ……本当に」少女の側に立っている少年はしゃがみ、少女の背中を撫でながら言う。

 少女は咽び泣き、持っている丸くて縁がすみれ色の鏡に涙を溢した。すると鏡が神々しい光を放ち、桜色のハンカチをスミレと呼ばれた少女の膝の上に投げ出した。スミレはそのハンカチを手に取り、目から零れ落ちる涙を拭き少年に言う。

「ねえ、グレン。私……もう嫌なの、生きているのが。だからお願い、あなたの剣で私を刺し貫いて」

 紅蓮色の剣を持った黒髪の少年は俯き、首を横に振りただ一言、出来ないよ、と言う。

 その時、静かに冬の冷たい風が吹いた。黒髪の少年――グレンは自分の羽織っている黒いコートを脱ぎ、スミレに渡そうとした。

 しかしスミレは「グレンも寒いでしょ。だからそれ着てて」と言い、鏡に手をかざして、私たちの家を、と呟く。

 すると先程と同じように鏡が輝き、今度は平屋の家を鏡から飛び出させた。その家は丁度二人の目の前に扉を向け、地面に落下した。

 スミレは立ち上がり、鏡を抱えて家に入る。グレンは白いワイシャツの上に黒いコートを羽織ながら、家に入っていった。




 二人が家に入った数分後、家の一室では銀髪でショートカットの少女――スミレが白猫を撫でていた。

 その猫は首に水玉模様のペンダントを着けている。水玉模様は地色が水色で玉が白く、雪を想わせるデザインであった。

 スミレは既に泣き止んでおり、ベッドの上に座りながら猫の頭を撫でている。

「ユキはいつも癒されるねー」スミレが猫に声をかけると、猫のユキはニャーと鳴いた。

 その様子を椅子に座りながら見ていたグレンは、スミレの先程の取り乱し様を思い出し、彼女のいつも通りの様子に安堵していた。

 自分を殺せという内容のことを言った後に、グレン“も”寒いでしょと言ったので、スミレも寒かったのだろう。その後の行動で、とりあえず生きる意志が窺えたので本当に良かった。

 グレンは黒いコートを持って立ち上がり、スミレに微笑みながら「何か飲むか?」と聞いた。

 スミレは遠慮がちに言う。

「えっと、ホットココアお願い。それとユキにミルクも……」

 分かった、とグレンは言いスミレの部屋を出ると、隣にある自分の部屋の椅子にコートを掛けた後、台所に向かった。



 ホットココアの入ったマグカップとミルクの入った皿をトレーの上に載せて、グレンはスミレの部屋に戻って来た。

 スミレは猫じゃらしを手に持ち、猫のユキと遊んでいる。

「ココア、淹れてきた」グレンはベッドの側のテーブルにマグカップを置きながら言う。

「うん、ありがと」スミレはユキを床に下ろしながらお礼を言った。グレンは皿をユキの近くに置く。

 用を済ませたグレンはその場を立ち去ろうとしたが、スミレに「待って!」と呼び止められたので、「何だい?」と言い振り向いた。

 ココアを飲みながら小さな声でスミレは話し始める。

「ねえ、何時に出発する?」

「んーと……スミレ、疲れてるだろ。一日くらい休まないか?」

「嫌っ! 今日中には出発したいの。急がないと被害が拡大しちゃう!!」

 スミレは断固として言った。グレンは表情を曇らせながら言う。

「――それは分かっている。だけど、そんなに頑張ったら……君の心が壊れてしまう」

 スミレが黙っているので、グレンは話を続ける。

「もしそうなってしまったら、僕だけでは何も出来ない。世界の終わりが訪れるだろう。僕の世界も……」

「“僕の世界”?」スミレは不思議そうな顔で言った。

「い、否……ごめん、忘れて。『お休み、スミレ』」

「あっ、やめ……て」

 グレンが手を前に指したとたん、スミレは眠ってしまった。グレンは座ったまま眠っているスミレを抱き抱え、ベッドに寝かせ布団をかけた。

 グレンはそっと部屋を出た。閉めたドアに体を持たせかけ目をつぶり思った。スミレ、君が忘れていようと僕は君の事が好きだ。だから、ごめん。



 八時間後グレンは起床していた。否、正確には起きていたら八時間くらい経っている様に感じられる間、グレンは眠っていたのだ。

 この世界には“ある日”から時が流れなくなってしまった。なのでずっと夜のままになっている。文字通り、明けない夜である。時が流れなくなってしまったのに風が吹いたり、グレンらが動けたりするのは猫のユキが着けているペンダントの影響だ。

 グレンは自分の部屋とスミレの部屋を出たところにある、食堂兼居間に行った。朝食を作ろうとグレンは思っていたが、そこにはすでにスミレが居て味噌汁を作っているのであった。

「お早う……よくも無理やり寝かせてくれたわね」スミレは話の後半部分を地を這う様な声で言った。

「ご、ごめん」グレンが頭を下げて謝ると、スミレは笑いながら言う。

「ふふっ、あんな弱い魔力じゃ私を長時間寝かせることは出来ないわ」

 グレンは溜め息をついた。恋人の関係だった時と同じような反応だな、スミレ。――今は親友という関係なのに。



 テーブルに着いたグレンは味噌汁を飲んでいる。しかし、同じテーブルについているスミレは何も食べようとしない。

「“あの日”から私たち、ごはん食べなくてもいい体になっちゃったけどさ、グレンは食事するんだね」

「ああ」

「それって、ハッキリ言って……無駄な行動じゃないかな」とスミレは言い、寝ることも無駄な行動だよねー、と付け加えた。

「……それでも、なるべく同じ生活がしたいんだ」

 話が一方通行な気がする、とスミレは思った。グレンは“あの日”の前と同じマイペースな性格のままだわ。

「現実を見ないつもりなの? そーゆう性格だから私に“ふられた”のよ!」

 グレンは一瞬目を見張った。違う、あのときスミレは僕をふらなかった! ああそうか……記憶が、“契約の代償”として変えられてしまったんだ。

「……そうだな」伏せ目がちにグレンは肯定した。そんなグレンにスミレは違和感を覚えた様子だった。



 グレンが味噌汁を飲み終えたのでスミレは、じゃあ出発しましょと言った。分かった、とグレンが答えた途端、スミレの部屋のドアが開かれる。

――部屋から出てきたのは、十歳くらいの白髪の少女だ。

 その少女は巫女の格好をしており、水玉模様のペンダントを付けている。

「出発の準備が調いました、主」と少女は言った。

 スミレは少女の頭を撫でながら聞く。

「ユキちゃん、次の世界はどんな感じ?」

 それを見てグレンはスミレに言う。「今のユキは猫じゃない、人間に変身しているんだ。だから――」

「良いんです。むしろ嬉しいくらいで……。私、心は猫ですよ」

 しかし、人間の姿をしているユキはグレンの話を遮り言った。さらにユキはスミレの問いに答える。

「壊れる一日前で、魔法が存在する世界です」

「魔法が存在する世界!?」グレンは驚いた。

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