ある地域で噂の都市伝説7
■6月3日 午後6時40分 立石佐来子
あれは忘れもしない5月30日の出来事。
浩樹は「話がある」とアタシをカフェに呼び出した。てっきり「美奈と別れることにした」と浩樹が言ってくれるものだと思っていたが、違った。
浩樹は「もう、終わりにしよう」と言った。「もう、おまえとは付きあえない。風花も大きくなって、家族を守ることを考え始めた。申し訳ないが別れてくれ」と。
浩樹の愛情がなくなっていることに気づいていた。早く別れようとしていたことに気づいていた。
それがあの日現実となったのだ。
アタシは激しく泣き喚いたが、やがて「そうね」と静かに言った。
――浩樹さんが振り向かなくなったのはあの女のせい。あの女がいなければ浩樹さんはアタシと一緒だったのに。あの女、美奈さえいなければ。
心の底からそう思っていた。
アタシは人通りの少ない路地裏にいた。人一人通れるぐらいの幅の小さな路地裏で人は滅多に通らない。路地裏は入り口から出口まで一本道で、人が来たらすぐに分かる構造だ。
その路地裏のちょうど中間地点にある家に狙いを定め、家の中を覗き見ようと試みる。塀によって視界が遮られているが、塀の高さは肩よりも少し高いぐらいなので、背伸びすると中の様子が窺えた。
電信柱に隠れるように背伸びをして、頭ひとつ分塀の上に突き出す。
レースのカーテンの隙間から部屋の中が見えた。手前にキッチン、その奥にリビングだ。キッチンには料理をしている女の横顔が見えた。色白で、30代後半にしては若々しく見える。
いたわ、あいつだわ。アタシは女を睨む。
「あんな女よりアタシの方がずっとキレイだわ」
女がこちらを向きそうになったので、咄嗟に身を屈めた。
「アタシの方が浩樹さんを愛している。アタシの方が浩樹さんをわかっている。渡さない。あんな女に浩樹さんは渡さない。浩樹さんはアタシノモノ。ミナコロシテヤル。ミナコロシテヤル」
歯ぎしりを立てながら、目の前にある塀を睨んだ。
ふと路地裏に人が入ってくるのが見えた。背丈が小さく子供のようで、こちらに向かって早足に歩いてくる。
幸いマスクをしているので顔は分からないだろう。通り過ぎるのを静かに待つとしよう。
「わっ!」子供が突然、声を出した。
子供はアタシの横を通過しようとした。まるで醜いものを避けるかのように、目を合わせないように下を向きながら通り過ぎようとした。
――アタシは醜くない。アタシはあいつよりキレイ。
アタシは通り過ぎる子供を睨み、思っていたことを口にしていた。
「ねぇ、アタシ、キレイでしょ?」
その瞬間、子供は、はっと驚いて逃げていった。
「アハ、ハハハ」
これじゃまるで口裂け女だわ。
――アタシはキレイ。醜くなんかない。美奈なんかよりずっとキレイ。浩樹さんは振り向いてくれる。あんな女より浩樹さんを愛している。美奈、殺してやる。
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