ある地域で噂の都市伝説6
■6月8日 午後8時30分 森本浩樹
「間違い電話だったんだろ」
「でも、風花の口裂け女の話もあるし」
「そうだな、それは心配だが……電話は関係ないだろう。気にすることないさ」
美奈にはそう言ったが、俺は見当がついていた。
佐来子だ。そんな陰湿なことをするのは佐来子に違いない。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。まぁ、また掛かってきたら警察にでも相談するか」
「そうね、変質者かもしれないものね」
「……あぁそうだ。ちょっと課長に連絡することがあった」
俺は美奈に悟られないように自室に戻り、携帯電話を開き、佐来子に電話をした。
「おい、佐来子か?」
自室とはいえ、リビングにいる美奈に聞こえないよう小声で話す。
「あら、浩樹さん。お久しぶり。なにかしら? ホテルに行きたくなったの?」
佐来子のまとわりつくような粘着質な声が聞こえる。
「おい、やめろ。もうおまえとは関係ないんだ」
「そうかしら。アタシはあなたを欲しているわ」
「やめろ。いい加減にしろよ」
「なによ、じゃあ何で電話なんかしてくるのよ。さんざんヤりたいだけヤって捨てたくせに」
「悪かったって。悪かったよ。でも俺には家族がいるんだ」
「あら、認めるのね? アタシとはお遊びだったって」
「そうじゃない。本気だったよ。でも、俺には家族がいるんだ。佐来子には悪いと思っている。分かってくれ」
「悪かった? ふっ。そんなこと思っていないくせに……もういいわ。なによ用件は?」
さっきまでまとわりつくように話していたのに急に感情をなくしたように冷徹に訊いてくる。その感情の起伏の激しさについていけないのも佐来子と離れた理由の一つだった。
「おまえ今日電話しなかったか?」
「電話? はぁ、なにそれ? どういうこと? なんでアタシがあなたに電話しなくちゃならないの?」
疑問を疑問で返すなと何度も言ったはずだ。佐来子に対する苛立ちはあの時と変わらない。
「ほんとにしてないんだな?」
「なによ、失礼ね。ちょっとはアタシのことも信用してよ、あなたはいつもそうだわ。いつも一方的――」
「わかった、もういい。悪かったな、電話して。もうかけないから」
佐来子の言葉を遮るように話した。
「ほら、また一方的に解決しようとしてる。アタシはまだ終わったと思ってないのよ」
「もう、終わりにしたんだ。わかってくれよ、俺には妻と娘がいるんだ」
「知らないわ、アタシとあなたの問題よ」
「もう、うんざりなんだよ」ああ。苛立ちが抑えきれなくなりそうだ。
「前みたいにアタシを抱いてよ。気持ち良くさせて。アタシを狂わせてよ」
「やめろっ! この自己中女がっ!」
しまった。つい大声で叫んでしまった。
コンコンと自室の扉がノックされる。
「あなた? どうしたの?」
扉越しに美奈の声が聞こえる。よかった。どうやら会話の中身までは伝わってなさそうだ。
「あぁ、何でもない。会社に電話だ」
「あら、ごめんなさい」
美奈の足音がリビングに向かっていく。
「美奈と話しているのね?」
携帯電話から再び佐来子の声がする。
「やめろ。おまえはその名前を呼ぶな」
「美奈は良い奥さんだわねぇ。夫の不倫も疑わないなんて」
「もういい、もうやめろ。電話してないならそれでいい、もうこれでおわりだ」
「家の番号なんか知らないもの。電話なんてできないわ。それよりも直接あなたに会いに行きましょうか? 美奈よりもアタシと寝ていることが多いって。浩樹さんはアタシを愛し――」
「うるさいっ! 黙れ。おまえと話していると気がおかしくなりそうだ」
俺は電話を切った。自分の生活圏が佐来子に侵されると思うと、不安と苛立ちが襲う。深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
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