ある地域で噂の都市伝説3

■6月6日 午後8時00分 森本風花


 その夜の夕食時に、亜里沙ちゃんから聞いた話をお母さんとお父さんに話した。

「ねぇお母さん、この辺で変な人が出るらしいよ。亜里沙ちゃんから聞いたの」

「変な人?」

「うん、女の人。亜里沙ちゃんがね、久美ちゃんから聞いた話みたいなんだけど――」

 お父さんは鶏の唐揚げをむしゃむしゃと食べながら、顔を右に向けてテレビのニュース番組を見ている。

「――久美ちゃんの弟の剛くんの友達がこの辺で変な人見たって言ってたみたいでね。寒くもないのに真っ赤なコートを着ていて、長い髪をゆらゆら揺らしながら、なにかボソボソ話してたんだって。

 それでね、剛くんの友達が女の人の横を通り過ぎようとしたら『アタシキレイ?』って訊いてきたんだって」

 急にお父さんがテレビから目を離して私を見た。唐揚げがまだ口の中に残っているようで、もぐもぐ、ごくん、としてから話をした。

「それは、口裂け女だな」

「くちさけおんな?」

「あぁ、お父さんが子供の頃に流行った都市伝説だよ」

「なあにそれ?」

「口裂け女ってのはな、全身真っ赤なコートを着ててな、長い髪で、狐のようにつり上がった目、それから大きなマスクをした女でな、『アタシキレイ』って訊いてくるんだよ」

「同じだ。マスクはしてるか分からないけど、亜里沙ちゃんから聞いた話と似てるね」

「そうだろ。それでなキレイって答えると――……これでもかああっ!」

「きゃあっ」

 お父さんが急に大きな声を出したので驚いてしまった。

「――ってマスクをとって耳まで裂けた口を見せて襲ってくるんだよ」

「やだ、こわい。おばけ?」

「おばけじゃないよ。人間だよ。整形手術に失敗して口が裂けちゃったんだ」

「あら? 交通事故で裂けたんじゃなかったかしら」

 お母さんが首を傾げながら話す。

「あぁ、確かにそんな説もあったな」

「お母さんも知ってるの?」

「えぇ。お母さんたちの年齢の人なら、知らない人がいないくらい有名な話よ」

「へぇそうなんだ」

「あぁ、警察も出るぐらいの大騒動だったんだよ。なぁお母さん」

「そうね、危ないからって集団下校させられたわ」

「あー、あったあった。そのせいで友達の家にも遊びに行けなかったんだ。懐かしいな」

 お父さんは懐かしむように天井を見た後、最後の唐揚げをぱくりと食べた。それから箸を突き立てながら話を続けた。

「口裂け女はな、大きな鎖ガマをコートの中に隠していて、それで襲ってくるんだよ」

「私の住んでいたところでは包丁だったわよ」

「あぁそれもあったな」

「どうして、お父さんとお母さんとで言っていることが違うの?」

 その問いにはお母さんが答えてくれた。

「口裂け女の噂は、風花ぐらいの子どもの間で全国的に広がったのよ。それでみんなが話しているうちに、いろんな作り話が継ぎ足されていったのよ」

「へぇ、そうなんだぁ」

「あぁ、口裂け女から逃れるにはポマードって叫ぶってところもあれば、ポマードを見せなければダメってところもあったんだよ」

「ポマード?」

「髪につける化粧品のことよ。今もおじいちゃんが使っているんじゃないかしら」

「ポマードのにおいが整形手術をした病院のにおいと似ているから、ポマードと叫んだり見せたりすると口裂け女は逃げるって噂だったんだ」

「ポマードよりべっこう飴って噂もあったわよ。口裂け女はべっこう飴が好物だから、べっこう飴をあげて、夢中でなめている間に逃げるのよ」

「へぇ、そんな説もあったんだな」

 お父さんはずずずずずっとみそ汁をすする。

「それで口裂け女は捕まったの?」

「ううん。口裂け女なんて人いなかったのよ。どの話も子供を怖がらせるための嘘の噂話だったの」

「なんだ、そうだったんだ。よかったぁ。じゃあ剛くんの友達の話も嘘なのかな?」

「そうね。その友達の子が怖がらせるために嘘いたのかもしれないわね」

「いや、それはどうだろう。口裂け女だって噂と見せかけて本当は今もどこかに隠れてるかもしれないぞ。お父さんが子供の頃、口裂け女が26、7歳だったとしたら、もう口裂け女もばあちゃんかぁ……そうすると――、風花の友達が見たっていう人は、口裂け女の娘かもしれないぞ。娘も口が裂けているんだよ、きっと」

「やだ、こわい。殺されちゃう」

「もう、お父さん。風花に変なこと植え付けないの。もしかしたら本当に変質者かもしれないんだから」

「すまん、すまん。そうだな、風花。変な人がいたら絶対に近寄らないんだぞ」

 お父さんはごちそうさまと言って、テレビの前のソファに寝転んだ。




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