ある地域で噂の都市伝説2
■6月6日 午前9時25分 森本風花
国語の授業が終わり、松本先生が教室から出ていった。教室は一気に休み時間モードに切り替わる。
「ねぇねぇ、風花ちゃんのおうちって、4丁目だよね」
前の席の亜里沙ちゃんが尋ねてきた。
「うん、4丁目だよ。どうして?」
「えっとね。山本さんの弟、知ってる?」
山本さんとは山本久美ちゃんのことだ。亜里沙ちゃんは4月のクラス替えの時に初めて久美ちゃんと同じクラスになったので、まだ慣れていないのか久美ちゃんのことを山本さんと呼んでいる。
私は久美ちゃんとは幼稚園のころから一緒だから、ずっと久美ちゃんと呼んでいる。ちなみに亜里沙ちゃんは自分で自分のことを亜里沙と呼んでいる。
「弟って、剛くんだよね? 3年生の」
「そうそう剛くん」
「うん、知ってるよ。久美ちゃんのおうちで遊ぶときに一緒に遊んでるから。剛くんがどうかしたの?」
「亜里沙、さっき山本さんから聞いたんだけどね、剛くんと同じクラスの友達の話なんだけどね。この前、学校の帰りに、夜、4丁目にある路地裏で変な人見たんだって」
「変な人? やだ、こわい」
「うん、なんかね、すごく気味が悪い人みたいなの」
亜里沙ちゃんは身を乗り出して話を続けた。
「それがね、ヘンシュツシャっていうんだけどね」
「ヘンシュツシャ?」
「うん、変な人のこと」
「あぁ《変質者》ね」
「変質者」という漢字はすぐに思い出せなかったけれど、言葉の意味は理解できた。
男の人が急に自分の裸を見せてきたり、女の人の身体を触ったり、痴漢をすることが変質者だとお母さんが言っていた。
もし変質者に遭ったら、声を掛けられても相手にしないようにして、防犯ブザーで周りの人に知らせるんだ、と松本先生も言っていた。
「そう! それ。でねでね」
亜里沙ちゃんはその先を話したくてしょうがなさそうな雰囲気をしていた。
「女の人なんだけどね。寒くもないのに赤いコートを着て――」
「ちょっと待って」
「なに? どうしたの?」
「女の人なのに変質者なの?」
「女の人でも変な人ならヘンシュツシャじゃないの?」
「そっか、そうなんだぁ」
私は、変質者は男の人だけだと思っていた。
「でね、その女の人がね、長い髪をユラユラ揺らしながら、なにかボソボソと話してたんだって。それで剛くんの友達がその横を通りすぎようとしたら、『アタシキレイ?』って笑いながら訊いてきたんだってー」
亜里沙ちゃんは両手を口の前に持っていき、目を大きく開きながら大げさに驚いてみせた。
「えー、変な人。やだ、こわい」
「ね、ね。ヘンシュツシャだよね」
亜里沙ちゃん自身は「変質者」と言っているつもりだが「ヘンシュツシャ」としか聞こえない。
「どうしよう。私のおうちの近くだったら嫌だなぁ」
「うん、4丁目って言ってたから風花ちゃんの家の近くだと思うよ」
「路地裏、私の家の後ろにもあるのよね……」
暗い路地裏で髪の長い女の人が笑いながら「アタシキレイ?」と言っている姿を想像したら、怖くなってぶるぶるっと身体が震えた。
「風花ちゃんも帰る時は気をつけてね。亜里沙も気をつける」
「そうだね、気をつけて帰るよ」
チャイムが鳴り2時間目が始まった。
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