ある地域で噂の都市伝説

雹月あさみ

ある地域で噂の都市伝説1

■6月3日 午後6時30分 岡本大地


「じゃあまた来週ー」

 月見児童公園でたっくんとバイバイしたあと、僕は急いで家に向かっていた。僕の家までは月見児童公園から歩いて30分かかるから、家に着く頃には7時を過ぎてしまう。

 どうしよう、どうしよう。遊ぶのに夢中になってしまった。このままじゃお母さんに怒られてしまう。近道して少しでも早く帰らなくちゃ。

 僕は普段使っている通学路から脇道に逸れて路地裏に入った。この路地裏を抜けると普段の帰り道より5分も早く帰れるのだ。ここから急いで帰れば、7時前には帰れそうだぞ。

 路地裏は住宅と住宅の間に挟まれている小さな道で、2人で歩けるぐらいの道幅しかない。道はコンクリートで舗装されているけれど、所々コンクリートが盛り上がっていたりくぼんでいたりしているデコボコ道だ。古いテレビや掃除機、何か分からない金属の部品が道の隅に捨てられている。電灯も点々としかない暗い道だ。

 普段は暗くて怖いから一人では通らないけれど、今日ばかりは仕方がない。

 両端の灰色の塀が、だんだんと自分に迫ってきて、終いには塀に挟まれてしまうんじゃないかと不安に思う。僕は早歩きで路地裏を歩いた。

 路地裏の中盤付近では電灯の光がチカ、チカ、チカチカ……と点滅を繰り返している。

 僕は小走りになって出口に向かって行く。暗くて怖い。

 道の少し先に黒いゴミ袋のようなものが落ちているのが見える。電灯の光が届かなくてよく見えないけれど、大きさからゴミ袋だと思う。

 ゴミ袋に近づくと一瞬それが動いたように見えた、かと思うといきなりむくっと動きだし2つの光を放った。

 青白く光る大きな眼だ。猫だ。ゴミ袋ではなくて黒い猫だった。

「うわっ!」

 僕が驚いて声を出すと、猫は「ニャアアアアア!」と僕に向かって大きな声で鳴いて、すぐに塀と塀の隙間からどこかへ逃げて行った。

 さらに小走りで進み、路地裏中盤で点滅している電灯の前まできた。チカ、チカ、チカチカ……と点滅している。電灯が消えるときにカンッと軽い音がする。

 チカ、カンッ、チカ、カンッ、チカチカカンッ……。電灯の灯りにに合わせ、周囲が明るくなっては暗く、明るくなっては暗くを繰り返している。


 チカ、チカ、チカチカ、カンッ……。


 次に路地裏を照らした瞬間、電柱横に女の人がぼうっと現れた。

「わっ!」僕は驚いてまた声を出してしまった。

 茶色いコートを着た背の高い女の人だ。そんなに寒くもないのに丈の長いコートを着ている。肩ほどまでに伸びた長い髪をだらんと前に垂らしていて、ゆらゆらと身体を揺らしている。

 髪が顔に掛かっていて、口にはマスクをしているので表情は分からない。

 僕はゾクゾクっと背筋が震えた。やだな、変な人かもしれない。

 急ぎ足で女の人の横を通り過ぎようとした。なるべく女の人を見ないように、下を向きながら、急ぎ足で横を通る。



――ねぇ。アタシ、キレイでしょ?



 頭上から声が聞こえた。はっきりとクリアな声で、冷たくて心に刺さるような言い方だった。

 僕は怖くなって無我夢中で走った。走って走って路地裏を抜け出しても、まだ走って、家の近くまで走って逃げた。一度も後ろを振り向かずに大急ぎで走って帰った。




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