第23話 「封じ手」
一番最初に異変に気づいたのは、上空で眺めていた琥珀だった。
すでに姮娥と佳宵は、事の次第を桜の宮へ報せに行っている。
珂雪は、この「送り火」をわずかなりとも弱められないか沈思していたため、その変化に気づくのが遅かった。
炎の勢いにも、変化が出始めている。
ひとりヒュウマと共に炎の燃えさかる只中へ降りていった、葵の宮の果断な行動が、一概に無謀とは言い切れないと、珂雪も知っていた。
有史以来、郷の四獣を鎮めるのは、登極を控えた巫女姫と決まっている。
その差配は天にゆだねられるため、巫女姫には、生来天祐とも言える護身の力がもともと備わっている。
でもだからといって、本当にやりおおせるかどうかは、その当人の気概にかかっていた。
頭で分かっているのと、実際目にするのとでは違うように、少しでも
琥珀が気づいたのは、
眼科で燃えさかる空間の一点に、突如としてできた風穴だった。
初め、それは小さな点のようだったが、琥珀はその不自然な一点を見つめているうちに、そこだけ次元が違うことに気づいた。
——いけない、呑み込まれる。
珂雪もその時ハッと気づいたのか、わずかに息を呑んだようだった。
それは、徐々に面積を広げると、回りにある炎を内に取り込み始めた。
明らかに、
空間に歪みが生じている。
——葵の宮は、と意識の隅の方で琥珀は思ったが、それ以上のことは考えることができない。
***
葵の宮は、
振り降ろした右手の指先に、焔を捕らえてそのまま離さなかった。
いつのまにか、額に汗が、いく筋もの流れとなっている。
護身を保っていても、この森中を焼きつくさんとする炎のなかにいて、涼しい顔でいることはできなかった。
消耗している。
早く終わらせなければ、本当に火傷を負ってしまうだろう。
いや、一度くじければ、火傷だけで済むはずもない。
一体どれくらいの時が流れただろう。
気づけば、
焔を捕らえた指先が震えていた。
いったん意識すると、それを無視することはできなかった。
このまま離せば、それで終わりだった。
汗が、まるで滝のようにうなじを抜けてゆく。
——せつな、
一瞬の隙を突いて、焔が反撃に出た。
新たに「送り火」を放とうと一度咆哮を上げたが、その炎が抜けていった先に、次元の歪みが生じた。
それはまるで、
巨大な風穴のように、次々とまわりの炎を取り込み始め、葵の宮も例外ではなかった。
わずかなりとも
一瞬であるべき均衡を失った葵の宮は、やけにゆっくり倒れていく自分の体の重さを感じながら、
虚空のなか、
それでも四獣を捕らえようとした。
一本の筋が指先からまだのびていて、
それは金の光のようだった。
その光は、
大きな網縄のように、いまだ焔をしっかりとつかんでいる。
光が、焔と重なって次第に同化していく。
焔の双眸に、理知の色が宿った。
焔は羽ばたくと、声にならない声で目の前の
——葵の宮さま。
それは、大地を震わせる悲痛な叫びだった。
その瞬間、
その叫び声に応えるかのように光は強くなり、
大きなひとつの輪になって、焔を取り囲んだ。
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