第20話 焔


凪が、

次に目を開けると、

赤い炎がまばゆいばかりの光を伴い、全身を覆っていた。


そしてその瞬間、

凪は、

自分が何者であるかを初めて理解した。


彼の体には一対の大きな翼があり、光り輝く尾が長くのびている。



——そうか。僕は、《四獣》だったのか。



それは、

ともすれば信じがたいことだったが、

不思議と腑に落ちて、

感慨が胸の底を満たした。



しかし一方で、

凪は、

自分のなかで渦巻き、

溢れてくる力におののきながら、

それをこらえておくことはできなかった。



どこかへ発散させなければ、自身の炎で燃えつきそうだった。


凪は、わずかに残る理性の片端で、彼が必死に追い求めていたあるじの姿を懸命に探したが、その姿はどこにも見えなかった。



そして《焔》は、しきりに凪を引きずり降ろそうと執拗に暴れ狂い、凪は逆らうすべを持たなかった。




ふたつの欲望は最初せめぎあったが、焔の意思は、あまりにも強かった。




凪は目をつむり、しきりに悪心をこらえようとした。


それは、すべてを焼きつくしたいという、渇望にも似た焔の叫びだった。




凪は、なぜ巫女姫がこの場に必要なのかを肌で感じたが、同時にこの場には来てほしくないと思った。



——もし、葵の宮さまがここに現れたら、その御身を傷つけてしまうだろう。



凪はその考えに、言葉にならない恐怖を感じて立ちすくんだ。


そして初めて、宮代の篠竹が、自分を遠ざけようとした意図に気づいた。



——そうか、この力が向けられるのを、宮代は恐れていたのか。




確かにそれが道理だと思う一方で、

凪は突然差し迫ったこの状況に、焦眉の急を感じてもがいていた。




——このままでは、自我を失ってしまう。



凪は、

その先に、

自分がどこに存在するのか急に分からなくなり、

果てしない常闇とこやみへ放りだされるような不安を感じて、息ができなくなる。



でもすでに、もう遅かった。



凪は「禁じ手」を、もう知っていた。



それを試したいという欲望は、もはや溢れんばかりに体中を渦巻き、凪自身を業火にさらしている。



凪はその火炎にあぶられながら、ひとかけらに残る理性を手放し始めていた。

自分でも覚えのない文言を、口のなかで唱える。



耳鳴りに似た警鐘が鳴っている。




そして、

いつのまにか、


今初めて浮かんだ「禁じ手」の名を、頭の奥で、一字ずつなぞっていた。




——汝、その名において、覚醒する。




「——送り火」





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