第12話 対決


二日後、

光輪が迫る気配を感じ取って、飛英はただちに句芒門へ向かった。ここへむかってくるのは、これで二度目だ。

飛英はますます心愉しくなった。

珂雪、焔に引き続いて、もうひとりの四獣。


その目的は、もう分かっていた。


彼も、焔を探しあてに来たのだ。



彼を隠した洞窟には、「胡蝶」がかけてある。

それゆえ、誰にも見つけることはできない。


他の四獣にも——そして、巫女姫にも。



「胡蝶」をしのぐ力があるのなら、飛英はそれを目にしたいと思った。

そして、できることなら手に入れたい、と。



予期した通り、句芒門には鮮やかな光輪をまとった四獣がいた。

しかも転変しているので、飛英は驚いた。

人型ではない四獣を見るのが、初めてだったからだ。



白く、美しい毛並み。

猫を思わせる、敏捷で優美な身のこなし方。


——彼は、虎だった。


この国で一番速く、美しい虎——《白虎》



金色の瞳で、彼は問いかけるように飛英の方を見た。




「お前——焔を、知っているんだろう」



単刀直入に、彼はそう言った。


場合によっては容赦しないと、目が語っている。


その眼差しを見て、飛英は笑みを隠しきれなかった。


——本当に、なんて面白いんだろう。



「お前は、秋の郷の四獣だろう。《楓の宮》の命を受けてきたのか」


白虎は何も言わず、ただ飛英をにらみつけていた。

返事がないのが分かると、飛英は続けて言った。



「どのみち焔は、巫女姫が見出すものだ。彼を封じ、登極するために」


「ここに、夏の郷の使者が来ただろう。彼をどうしたって、聞いているんだ」



今にも噛みつきそうな、威勢の良さだった。

その気炎に、飛英は冷めた目をして言った。



「ずいぶん感情的になるんだな」



——お前も、焔を手に入れたいのか。



そう思ったが、口には出さなかった。


そうでなければ、ここまで来る意図が分からない。



楓の宮の命でないことは分かっていた。

飛英は言った。



「夏の郷の宮代が、いくら登極を阻もうとしても、《葵の宮》が焔を見出し、封じれば、登極は可能だ。次の夏至までに」



飛英はいったん、言葉を区切って言った。



「間にあわなければ、四獣不在の時代が続くだけだ」



——それまでに、その力は、俺がもらってやる。



そうすれば、

あの宮代わりも、焔を巫女姫にゆだねられるだろう。


飛英は、その時は「胡蝶」を解くつもりだった。



力を失った四獣であれば、宮代わりも受け入れることができる。新しい巫女姫も傷つけられることなく、安心して登極を迎えればいい。その方が治世も永く続くかもしれない。

——焔の力が、それほど危険なら。



「お前、さっきから何を考えている」



飛英は、片方の唇を持ち上げた。

この四獣に、何かを語るつもりはなかった。



「宮に謁見するのなら、春陽殿の広間に行くといい。文があるなら、俺が預かろう」



白虎はしばらく探るように飛英を見つめていたが、やがて、あきらめたように首を振った。


きびすを返そうとする彼を見て、飛英は呼びとめた。



「名乗りがまだだったな。俺は飛英。名は何という」


白虎は、ほとんど背を向けた状態で言った。


「——琥珀。あいつに会ったら俺が来たって、そう伝えてくれ」




***




春陽殿のなかの一角に、天窓から日が差す場所があり、その中央に晷針きしんが置いてある。


それは、一種の大きな日時計で、その影の長短や落ちる角度によって、時間や季節を測ることができた。


飛英は、この場所の晷針しか見たことがなかったが、おそらく他の郷にも同じような日時計が設置されているのだろうと思った。


この影の長さで、登極までの日取りも分かるのだ。



ちょうど、窓から日が差している。

飛英は、その針が落とす影の先を見た。


——あと、三日ほどか。



それまでに、誰かが「胡蝶」を破れるのか、見ものだな、と思った。




「そこにいたのですか、飛英」


涼やかな声がして、

《桜の宮》が、姿を現した。


心なしか、顔が青ざめている。


飛英は、何か違和感を感じたが、その正体は分からないまま、

桜の宮は言った。



「数日前、ここに向かっていた夏の郷の使者が射かけられたそうです」


桜の宮は、一度目を閉じてから、続けた。


「夏㚖殿には、矢傷を負ったヒュウマだけが帰りついたとか」



その話に、飛英は驚いた。

確かにあの後、ヒュウマの死骸は見つからなかったため、どこか——おそらく夏の郷へ——帰ったんだろうとは思っていたが、あの時始末しなかった不手際を、飛英は今、悔やんだ。



その証拠に、

桜の宮は、短く首を振ると、

静かな眼差しを、飛英の方にむけた。



「あなたの仕業なのですか、飛英」



そう問いかけられ、

飛英は一瞬、否定しようとした。


だが、次の瞬間には、

どちらでも同じことだと気がついた。


ここで否定しても、否定しなくても、

すべてはもう分かってしまうのだと。


結局沈黙は、肯定と同じだった。


桜の宮は、さらに問いかけた。



「射たのですね、ヒュウマを。そして、——彼を」



彼が四獣であることを、宮はもう気づいているのだろう。


今まで、だましおおせると思っていた。


でも、一時期、まるで母のようだと思った桜の宮は、そこまで鈍感ではなかったのだ。

それでこそ巫女姫に選ばれたのだろうし、それにもし彼女が母親だとしても、子どもの不逞ふていは見通してしまうのだろう。




「彼を一体、どうしたのですか」



これ以上の糾弾は、受けられないと思った。


《桜の宮》を、失望させることになったとしても。


力を得たいという気持ちが強すぎて、それが間違いになることも、今まで分からなかった。


桜の宮の表情を見て、飛英は自分のとがに気づいたが、今、ここでそれを認めたくはなかった。



「——まさか、胡蝶を」



これ以上、ここにいたら、すべてを見破られる気がして、飛英は跳びずさった。


一刻も速く、この場から立ち去らなければ——と、


思った瞬間、


体から熱い光がほとばしった。


彼は、


知らぬうちに、《転変》した。



天窓が割れる。



桜の宮はただちに、声をはりあげた。



「姮娥、佳宵かしょう、彼を追いなさい」


「——御意」




ヒュウマに乗った二人が天窓をくぐって孤空のなかに消えると、桜の宮は、ひとつ嘆息した。


そして、憂いを帯びた眼差しを、に向けた。



「本当に、あなたの言う通りでしたね」



桜の宮が、ポツリとつぶやくと、


その時訪れていた使者は、口を開いた。




「桜の宮さまが、気に病まれることではありません」



そして、割れた天窓を見ると言った。


「私も、彼の後を追うことにします。転変したとあれば、追っ手は少しでも多い方がいい」



「ええ、お願いするわ」



桜の宮が答えると同時に、

その使者はヒュウマを呼んだ。



騎乗すると、それを待っていたかのように、

ヒュウマは、力強く跳躍した。


そして最後、桜の宮に対して会釈すると、

姮娥と佳宵が向かった先へ急いだ。




***



逃げても追っ手がつくのは知っていたが、その二人を巻くのは簡単だった。

しかし、問題はその先にあった。

飛英は、帰る場所を失ったのだ。


——これは、桜の宮を裏切ったことに、果たしてなるのだろうか。



今さらそう思う自分の不甲斐なさに、飛英は舌打ちした。

腹立たしいのは、見破られたことそれ自体ではなかった。


あのように、言い当てられたことに対して少なからずうろたえた自分が恥ずかしく思えた。




転変していることに気づいたのは、

彼を隠した洞窟のそばまでやってきた頃だった。



長く人型でいることに慣れていた飛英は、自分の体が長く天空に舞っているのを知ると動揺したが、同時に、自分が四獣である実感が今さら湧きあがった。


——これが、俺の本当の姿なのか。




地面に降り立つと、光が体の中央にむかって収斂しゅうれんされていき——直後には、元の姿に戻ることができた。

幸いにも服を着た状態だったため、飛英は安堵した。


転変する瞬間、

時空の歪みを感じた。


戻る時も、次元が微妙に変わり、着衣に影響しないのかもしれない。



——と、


視線を感じて、飛英は洞窟を見た。



洞窟といっても、なかはさほど広くはない場所だ。



『彼』は、飛英を前に、目をまるくしていた。


転変を解くところを、見られたのだろう。




「四獣なのか、あなたは」



そうつぶやいた彼は、起きあがっている。


そこまで既に快復していることに、飛英は驚いた。


と同時に、

体が消耗していることも感じた。


初めて人型以外のものになったからかもしれない。



——お前もそうだろう。



飛英は苛立ちをこめて、そう思った。



——こいつは、まだ自分のことを、一介の【忍び烏】だと思っているのか。



飛英は、『彼』を見る。



まだずいぶんと幼く見えるが、背には光輪がある。

四獣同士でしか、わからない気配。


夏至を過ぎれば、その力は弱くなるだろう。



ふと、金色の毛並を思いだして言った。



「琥珀というやつが来たぞ。お前を探していた」


彼は、目を見開く。


「それで……」


「来たと伝えてくれと、そう言っていた」



ふいに、

『彼』に何かを語らせてみたくなり、飛英は問いかけた。



「お前はどうして、春の郷に来たんだ」


「それは、篠竹さまに……」


「お前の主は、《葵の宮》だろう」



気づけば飛英は、そう言っていた。



「宮代は、お前を遠ざけたかっただけだ。お前の力が、葵の宮を喰いつくす前に」



飛英は右手を、

『彼』の額にかざした。



「その力は、俺がもらってやる」



それと同時に、

飛英の右手が、熱を帯び始める。


光輪が散る。


気配。


『彼』の瞳孔がひらく。


上空の、雲が渦巻く。


金色の光が、いっそう強くなった。



——せつな、


飛英は力の抵抗を感じて、思わず後ずさった。


光が、この空間に、溢れてくる。



「ばかな」



その直後に、


結界は破裂した。


——まさか、「胡蝶」が、破られるとは。




誤りを悟ったが、もう遅かった。


光はどんどん大きくなっていく。



飛英はその奔流に、

いつのまにか、呑みこまれていた。











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