第7話 疑惑
その日は一日中、夏昊殿を巡回して回り、夕方には、客人用の部屋をあてがわれた。
色々用を言いつけられると思っていたが、この場所の警備をするだけで終わってしまい、少し拍子抜けする気持ちだった。
でも、だからといって、油断することはできない。
「どう思いますか」
整えられた寝台に、すでに横になっている琥珀は、何を考えているのか、先ほどから天井を見つめている。
琥珀はしばらく黙り込んでいたが、唐突に、ひとりごとのようにつぶやいた。
「なんとか、葵の宮に会えないかな」
御影は嘆息する。
ここまで乗り込んできたことだけで、もうすでにあり得ない事態だということを、果たしてわかっているのかとあきれ顔になる。
「不可能に近いでしょう。そんなことをして、楓の宮さまのご厚意をつぶすつもりですか」
あまり耳に届いていないのか、琥珀は再び言った。
「葵の宮に会えれば、四獣を見つける方法があるかもしれないのに」
「宮代の方も言っていたでしょう。忍び烏はともかく、郷の四獣は巫女姫が見出すものだと」
琥珀は頷いた後で、
「だから、問題なんだ」
と、言葉をつぐ。
「問題、とは」
御影は眉をひそめる。
琥珀は天井を見つめてたまま、何かを探るように手をのばした。
「あいつの目的が、よくわからない」
「冬の郷の四獣のことで、宮代の方も心労がたまっておられるのでしょう」
「いや——それは違う」
琥珀は不意に身を起こすと、御影のそば近くでささやいた。
「ここに、冬の四獣はひそんでいない」
御影は、顔色を変えた。
琥珀は言う。
「『禁じ手』がかかっていたら、まだ分からないが。今のところ、誰にも光輪は見えない」
「それは——」
確かですか、
と言おうとして、御影は口をつぐんだ。
他でもない、琥珀がそう言うのだ。
これが
「では、何のために」
「ただの噂を警戒しているだけか、あるいは」
琥珀は寝台の上に横になった。
「どのみち、ここでやることはなさそうだな」
そう言いながら、
心の底では、また別のことを考えていた。
——あのばか、せっかくついていってやるって言ったのに。
「あまり長居すべきではなさそうですね」
琥珀は、寝返りをうつと、
御影にそば近く来るよう無言でうながした。
「葵の宮に会う
そして、聞き取れないくらいの静けさで言った。
「あいつは、【忍び烏】のひとりを、夏の郷から追いだしたかったんだ。たぶん、知っていたんだ。あいつが——凪が、四獣であることを」
御影は、息を呑んだ。
「それは——すでに、確かなことなのですか」
——『お前、四獣だな』
あの時、琥珀は、そう呼びかけた。
背に、淡く光輪が見えたから、間違いないと思った。
と同時に、腹が立ったのだ。
なんでこんなところに、ひとりでいるのかと。
「すぐに跡を追ったけど、もう分からなかった。それくらい、光が弱くなっているんだ。早くしないと、手遅れになってしまう」
そう言って、琥珀は手を握りしめる。
「それは、楓の宮さまには——」
「ハッキリは言ってないよ。でも勘が鋭いから、俺の様子で気づいたかもしれない」
このままの状態が続けば、正式に《葵の宮》が登極することはない。
四獣がいなければ、登極はありえない。
登極した巫女姫がいなければ、宮代が郷を治めることになる。
——初めから、それが目的だったのか。
しかし、それではこの郷は長くもたないだろう。
ひとつ崩れれば、「四季の中つ国」全体の存亡に関わる。
夏の郷の巫女姫の登極、しいては四獣の不在は、決してひとごとではない。
でも、すでに彼の気配は、
——今のあいつを見つけられるとしたら、もう、おそらく《葵の宮》だけだ。
琥珀は強く、そう確信した。
そして何かに引きずられるように、いつのまにか眠りに落ちていた。
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