第5話 琥珀


光輪こうりんというものが自分にあるのを知ったのは、宮がいよいよ登極する立秋の頃だった。



秋の郷は、登極しておよそ十年になる、比較的新しい郷だ。

隣の春の郷が二十年、冬の郷が三十年と続き、大体五十年ほどで、すべてをつかさどる天宮あまみやから使いが来る。


すると、それまで郷を治めていた巫女姫は昇天し、その後は宮代わりとして定められた者が、郷を治めるのだ。

次の巫女姫が誕生し、十五年の歳月が流れるまでのあいだ。



そうやってとめどなく続いていくのが、「四季の中つ国」のありようなのだ。


そして、登極の際、

それぞれの郷にいる四獣は、この先巫女姫となる者に見出され、封じられる。


そのため、互いの郷の力配分は、巫女姫の力量で決まる。巫女姫の力が強ければ、それは空気のように、四獣にも伝わるのだ。


四獣となる者に、自分の光輪は見えない。

それは宮の力によって、初めて見出されるものだからだ。




だが、

十年近くたって、

初めて、琥珀は光輪がどんなものなのかを目の当たりにした。



の背中は、確かに、光を帯びていた。


まだうすぼんやりとしていたが、まるで見出される時を待っているかのように、琥珀には思えた。


十年前の、自分と同じように。


そう思ったら、ほうっておけなかった。


ほうっておいたら、消えてしまうような。


それくらい、儚い光に思えたのだ。




***



「ここにいたの、琥珀」



朝議を終え、広間に戻る途中の宮に呼びとめられ、

琥珀は振りむいた。


庭でぼんやりしているところを見とがめられたのだろう。

そう思って琥珀は身構えたが、《楓の宮》は、叱責するつもりはない様子で琥珀に近づくと、耳打ちできる近さでささやいた。



「結局、彼は見つからなかったの?」



琥珀はうなだれた。

飛び回ったが、らしきものは、どこにも見えなかった。

春陽殿にも行き、《桜の宮》に【忍び烏】が来てないか確認したが、訪れていないという話だった。


《楓の宮》は、紅の瞳をすっと細めて言った。



「あなたに探せないとなると、事態は深刻かもしれませんね」



楓の宮の言葉は、琥珀を憔悴させた。





凪が飛び立って数時間したのち、様子が気になった琥珀は、ひそかに跡を追った。

「四季の中つ国」の、特に句芒門から春の郷にかけてを探して回ったが、とうとう見つけることはできなかった。


琥珀は知らず、舌打ちして言った。



「だから、言ったのに」


楓の宮の問いかけるような視線を感じて、琥珀は顔を上げた。




「夏㚖殿には、影獅子が行ったんだろう」



文に、そう要請があったからだ。

宮は頷いた。



「二名、行かせたわ」


「俺も行っていいかな」



琥珀は素早く、それに言い加えた。



「気になることがあるんだ。それに俺が行けば、本当に冬の郷の四獣がいるか、すぐにわかると思う」



楓の宮は、眉をつりあげた。

賛成しかねる、という顔で問いかける。



「自分の立場をわかって言っているの?あなたは、秋の郷の四獣なのよ」



琥珀は、それにはなにも言い返さなかった。

その代わりに、唇を噛み締めて言った。



「あいつは、必ずいる。でも、それには手がかりが必要なんだ。このまま普通に探しても、埒があかない」




——凪が突然姿を消したのが、冬の郷の四獣のせいだとしたら、尚更。





「ずいぶんこだわるのね」



宮は、嘆息した。


紅玉でできた耳飾りが揺れる。

庭の緑は、ふたりの姿を隠すのに充分な枝葉を空に伸ばしていた。



遠くの方で、侍女の呼びかける声がした。

広間の方向だ。

たぶん、なかなか戻らない宮を探しているのだろう。


楓の宮は言った。



「いいでしょう。必ず戻ると、私に誓えるなら」



琥珀が頷くと、宮はさらに言った。



「宮代には、あなたが四獣だと、決して悟られてはなりません。あくまで【影獅子】のひとりとして行くのです。

もし、不測の事態が起こった時は、『蜻蛉かげろう』を使いなさい。私が許可します」



琥珀は、柔和な微笑みを浮かべる楓の宮を、思わず見返した。

そしてこの人は、笑っている時が一番怖いかもしれないと、ひそかに思うのだった。









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