彷徨う。

「朧」

「何でしょう」

「ここは何処ですか」

「さぁ」

「さぁって何ですかさぁって。燃やしますよ」

「おお怖い。でも悪くないですねぇ」

 嫌味が通じない。本当に燃やしてやろうか。


 ぼくと朧はぼくの村のすぐ近くで夜を明かした後、日もまだ出ないうちから歩き出した。朧が行く先を分かっているようだったので任せていたが、何度も立ち止まったり空を見上げたり目を閉じたりするものだから、ああ、この人は実は道とか分かってなかったし当てもなかったのでは、という結論が僕の中に出現した。実際その通りらしい。なんて無計画な。呆れているぼくを見て、朧は笑う。

「いやぁ、あなたがその躰になってくれたお陰で旅がスムーズに進みますねぇ」

「……どういう意味か訊いても?」

「そのままの意味ですが?」

 良く分からないので首を傾げる。その様子を見て、朧は「ああ、そうか」と呟いた。

「つまりあなたは昨晩一度死んで、そして私の魔法で生まれ変わったのですが、それはただ生まれ変わったのではなく、ほぼ不老不死に近くなったのです」

「……は?」

「義眼の話はしましたよね」

「ええ、魔力の定着を勝手にしておいたと」

「それと同時に壊れていた体も替えておきました」

「だからそれの意味を訊いているのですが」

「つまりあなたは今、半分人形、半分人間、みたいな感じになっているのです、私の魔法を分け与えてね」

「半分……人形……」

 自分が半分人形である。という事実はそこまで打撃ではなかった。けれど、いざ宣告されると少しだけ胸が痛んだ。気がした。のに。あれ? 痛まない? あれ?

「なのであなたの感情は少しばかり外に噴出しにくくなりました。つまりは笑ったり泣いたり怒ったりが見た目ではわかりません。自分の感情を隠し通すには最適な躰ですね」

「なんですかそのフォロー。フォローになってるつもりですか。全くなっていませんが」

「おや。完璧なナイスフォローだと我ながら絶賛していたところですのに」

「駄目だ、この人を信じたぼくが馬鹿でした。今すぐ死のうそうしよう」

「ふふふ、自爆機能は付いてませんからご安心を。私があなたから魔力を取り上げるまであなたは死ねません。おめでとうございます」

「なにこの全力で包囲されてる感じ」

「当然ですよ、私はあなたのような人を探していたんですから」

「えっ」

 単純に驚き、そして今までの無礼な発言を忘れそうになった。

「自分の右手となる機械人形! けれども機械じゃ味気ない……せめて人であってほしい……けれども人でなくなることを選択してまで私の魔法を受け継いでくれるような存在なんてその辺に落っこちてなどいませんから、あなたとの出会いはまさに運命といっても過言ではありません」

「……少しときめいたぼくが馬鹿でした」

 つまりは都合よく落ちていた壊れかけの少女が、何となく同意したので好き勝手に改造して自分の為の魔法人形マジック・ドール(半分は人間だけど)にしただけ、ということか。……まぁ生きているだけマシだと思っておこう。

「で、どうしてこの躰だと何が良かったというのです?」

「疲れていないでしょ、あなた」

「……そう言われてみれば」

「流石人形の躰! 身体的負担を脳が感じない! 何処まででも動くことのできる躰! 素晴らしい!」

「あ、この人魔法オタクだ」

「何処でそんな言葉を覚えたんですか!」

「なんとなく入ってました、ここに」

 頭を指さす。こんこん、と爪の先で叩いてみても、今までの体と何も変わった気はしないのだけれど。

「そうか、魔法を転移させる時に持っている情報や知識などが一緒に入ってしまうこともあるのかもしれない、以後機会がある際には細心の注意を払う必要が……」

 ブツブツと小煩い朧は放っておく。

 そうか、今のぼくは疲れを知らない躰なのか。確かに便利だ。ずっと歩き通しているのに、疲れもせず、お腹も空かない。恐らくその魔力が尽きるまでは大丈夫なのだろう。魔力って時々供給しなければならないのだろうか。ふむ。まだ分からないことだらけだなぁ。なんて、魔法オタクの思考回路までが移っているのは辞めてほしい。ぼくは必死で頭を振り、そしてスキップをしてみせる。森の中、鬱陶しい草木を避けながら、ただただ楽しく。らん、らん、らん、なんて言ってみながら。

 かつて、あの村でそんなことは許されなかったから。

 例え、今の躰では音階を奏でることは出来ずとも。


 だから気が付かなかった。楽しくて、嬉しくて、気が付かなかった。ぼくの後ろに現れた、大きくて黒い影に。

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真っ青な嘘を800回言うよ。 空唄 結。 @kara_uta_musubi

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