07/Fatal discord《1》
振り下ろした血の刃と爆風に突き上げられた四つの拳が真正面から打ち結ぶ。衝撃波が走り抜け、灰青色の炎が吹き荒れる。
衝撃の爆心地では正面切って睨み合う公龍とラプチャーの姿。公龍の血の刀は刃の半分以上が消し飛び、ラプチャーの腕もまた肘のあたりまでが吹き飛んでいる。
「この前の借りは、きっちり返させてもらうぜ」
「ポンド!」
再生を待たず、両者同時に距離を取る。公龍は吹き飛んだ刃を再生させながら、逆の手に生成した血の弾丸を放つ。ラプチャーもこれに応戦し、気化させたメチルナイトレートの爆発で射撃を相殺。広がる灰青の炎を切り裂いて距離を詰めてくる。
爆発の衝撃で加速した拳が振り下ろされる。公龍は飛び退いて回避。地面が砕け、飛散する破片が公龍の肌を裂く。公龍は靴底で地面を擦って急停止。こめかみのあたりににわかな疼痛。反撃に出ようとして、今の一撃がラプチャーの陽動だったことに気づく。
周囲の空気が爆ぜる。
灼炎が襲い掛かり、熱が全身を食い荒らす。公龍は抜いた
「ユゥゥゥゥウウウウウロッ!」
繰り出される四つの拳が爆風で加速。公龍は防御も回避もできず、必殺の打撃に無防備な身体を晒す。
「が、はっ……!」
閃光のような灰青色の爆炎が公龍の背中へと抜け、一拍遅れて衝撃が到来。公龍は完全に身体の制御を失って吹き飛び、何本もの柱を倒壊させながら壁に激突。その壁にも蜘蛛の巣状の亀裂が深く刻まれた。
公龍は地面に沈む。見上げた視界では、腕を再生させたラプチャーが
公龍も何とか立ち上がり、認知速度を強化する
胸骨に罅。右の第四肋骨と第五肋骨は折れている。気道を始めとして全身のあちこちに火傷。特に今殴られた胸の火傷はひどく、炭化した皮膚と筋肉は再生を進めつつも激しく抉れている。
「……やっぱり一筋縄じゃぁいかねえってか」
能力の相性の悪さもある。真正面から突っ込むだけでは勝機が薄いことをしっかりと自覚する。
まずはあの爆発を封じないことにはどうにもならない。頭と左胸はメチルナイトレートを分泌できない急所のようだが、既にアルビスが明らかにした弱点でもあり、そんなことはラプチャー自身が何より理解している。
何よりこれだけ拮抗した実力では、その急所を突き一撃で仕留めることはかなり困難だ。
流れた血によって赤く掠れた視界では、ラプチャーが四つの手を組んで威圧するように指を鳴らしている。まるでまだこれは〝遊び〟の続きでしかないのだと言いたげだったし、事実そうであると公龍も分かっている。
公龍は新たな血の刃を構え、逆の手で挑発的な手招きをする。
「さあ、かかってこいよ。銭ゲバ野郎」
「ディルハム!」
鋭い爆発音とともにラプチャーの異形が視界から消失。広範囲で立て続けに小規模の爆発が起こり、公龍の注意を攪乱する。
「エン!」
公龍の右手側に回り込んだラプチャーが全身のバネを利用した渾身の二連右フックを繰り出す。
公龍はすぐさま体勢を整えて踏み込む。水平に薙いだ刃の切っ先が、ラプチャーが防御のために掲げた腕を薄く切り裂いた。
「ちっ! 浅ぇかっ!」
「ドル!」
ラプチャーもすかさずカウンターを放つ。大きく広げた両腕による爆速のきつけ。公龍はバックステップで回避するも、眼前で打ち鳴らされた柏手から生み出される爆発に吹き飛ばされる。
地面を激しく転がりながら、公龍は地面に刃を突き刺して何とか停止。右半分が吹き飛んだ不恰好な眼鏡を剥ぎ取って捨てる。
「おいおい、いつまでこんなガキみてえなお遊びしてるつもりだ? あれだろ、てめえ。
「ゲンッ!」
ラプチャーが足を踏み鳴らし、公龍目がけて加速する。公龍は上下左右から繰り出される爆速の打撃に、真正面から斬りかかる。
轟音とともに爆炎が迸り、公龍の全身を焼いた。赤系統の
もはや気力だけで立っていた。根性だけで刀を振るっていた。アルビスを助け出すために、ここで折れるわけにはいかなかった。
ラプチャーの爆発能力は人体改造によるものだ。しかしそれを補う再生能力は公龍たち解薬士と同じ
それは
生物の細胞の修復可能な回数はテロメアというDNAの末端構造によって決められている。これは修復の際に染色体の遺伝的かつ物理的な安定性を保つ働きをするもので、これが一定以上短くなると細胞は染色体を守るために分裂を止める。
つまりいくら
ラプチャーの打撃の爆発が僅かに弱まる。公龍はその瞬間を見逃さず、自らの破裂覚悟で踏み込んだ。
「うぅぅうううららららあああッ!」
突き出す刃がラプチャーの左眼を抉る。ラプチャーが仰け反り、初めて通貨単位以外の絶叫を喉から迸らせる。公龍はすかさず畳み込み、もう一本の腕で握った拳骨を鼻っ柱へと叩き込む。
ラプチャーの巨躯が吹き飛ぶ。公龍はたたらを踏みながらも、辛うじてその場に踏み止まった。
「……どうした、大したことねえじゃねえか、あ?」
口ではそう言いつつも、公龍の手から維持できなくなった刃がぼろぼろと崩れていく。肘から先の感覚は既になく、血を失い過ぎたせいで全身が凍えるように冷たい。
ラプチャーがよろよろと立ち上がる。
与えたダメージ以上にラプチャーが弱って見えるのは間違いなく自らの能力行使によるものだろう。ラプチャー=リッチはその能力の強さゆえに、長期戦に向いていない。
「こっちだってな……伊達に修羅場くぐってねんだよ……舐めんな、クソ亡者」
公龍は折れて曲がった中指を立てる。ラプチャーは中身のなくなった左眼窩を抑えながら、肩を震わせる。そして上体を仰け反らせて獣じみた雄叫びを上げる。
「エスクゥゥゥゥゥウウウウウウウッ、ドッ!」
「ようやく本気か……きやがれ、クソったれ」
公龍は満身創痍の身体に鞭を打ち、腰を落として腕を顔の前で交差させる。それから吐き切った息を深く吸い込んだ。昆虫の翅のように広げられたラプチャーの四本腕が激しく打ち鳴らされる。
響いたのは雷鳴よりも鋭い轟音。迸るのは太陽よりも眩い灼炎。
刹那、文字通り空間が破裂するような大爆発が地下空間から溢れ出し、公龍の見える世界を灰青一色に塗り潰していった。
†
何が起きたのか。
そんなことは考えるだけ無駄だった。
爆発。戦いの最中ずっと身体から揮発させ続けていたことによって周囲一帯に充満したメチルナイトレートが一気に爆発したのだ。フォルター・ワークス社の解薬士連中を吹き飛ばしたのと、あるいは公龍たちの事務所を消し飛ばしたのと同じ手段。
違ったのは場所。ここは腐食と老朽化が進む地下迷路街。そのなかでも浸水がひどく住民さえ寄り付かないエリアだ。その
これさえも――いや、これこそが公龍の狙いだった。
無論あの規模の爆破に巻き込まれて自分が無事でいるかは完全な賭けだった。そもそも打撃の応酬に真正面から立ち向かう時点で、いつ倒れていてもおかしくはなかった。だが公龍は分の悪い賭けに勝った。
今こうして、暴威を振るう濁流のなかでラプチャーに背後から組み付いていることがその証拠だ。
爆発により地面は崩落。壁は決壊。周囲の汚水がどこからともなく流れ込み、公龍とラプチャーを闇のなかへと呑み込んだ。
そして、荒れ狂う水流はラプチャーの皮膚から絶え間なく漏出していたメチルナイトレートを洗い流した。
水のなかでは爆発は起きない。あるいは仮に起こせたとして、もし起こしてしまえば水蒸気爆発を引き起こし、破壊の規模はさっきのそれと比ではなくなる。そうなれば自分はもちろん、おそらくはまだ迷路街のどこかにいるだろう仲間を巻き込むことになるだろう。あるいは迷路街そのものを大規模に破壊してしまうかもしれない。
つまり可能か不可能かは別にして、ラプチャーは自分で制御できない爆発を起こすわけにはいかない。もちろんラプチャーが自暴自棄同然の破滅願望とともに爆破に及ぶ可能性はあるが、ほんの数瞬、爆破に及ぶまでの時間を稼げればそれで十分だった。
ラプチャーが身を捩る。もがいた腕が水を掻き、公龍に執拗な殴打を加える。だが公龍の腕はしっかりとラプチャーの首を締め上げて外れることはない。かかる圧力がラプチャーのうなじに埋め込まれる
そしてしがみつく公龍の手には
引き金を引くと同時に流し込まれるのは
ラプチャーは事務所爆破の実行犯――クロエを傷つけた張本人だ。まともな殺し方など絶対にしない。
公龍はあっという間に力を失い動けなくなったラプチャーを水底へ蹴りつけ、自らは浮上を試みる。ラプチャーは四本もある腕の一本たりともろくに動かせず、仄暗い水底へと落ちていく。
罵詈雑言と悪態の代わり、公龍は立てた中指だけを手向けにして水面を目指した。
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