04/Sparkle breaking the dark《2》

 剥ぎ取られた長外套の下――露わになるのはスパーク=ピークの奇怪な異形。

 ほとんど球形にも見える脂肪を蓄えた全裸の巨体に、爪楊枝のようにさえ錯覚するほど華奢な少女の腕。全身のありとあらゆる毛は几帳面に剃り込まれ、代わりに生白い肌の上には百足を象った無数の刺青が張っている。周りを黒く縁どられた瞳は生気を感じさせない白濁色で、こめかみあたりまで裂けた口をにたりと吊り上げる。


「にははははっ! ずるいと思ってたんよねえ。アタチのこと置いてけぼりにして、みんなで楽しく遊んだんしょぉ? 仲間にいーれてっ!」


 スパークが絶叫じみた台詞とともに両腕を広げるや、空気が張り詰める。そして次の瞬間には広げた腕に燐光が迸り放電。稲光が八方へと轟き、無作為に人々を貫いた。

 並々ならぬ危険を察知して既に伏せていた公龍は雷撃を逃れる。地面を這うように低く駆け出し、珊瑚色コーラルレッドのアンプルを注入。医薬機孔メディホールから引き抜いた回転式拳銃型注射器ピュリフィケイターの切っ先で手の甲を裂き、溢れ出した血から刀を生成する。


「うらぁっ!」


 膝を水平に断つ一閃。しかしスパークは巨漢らしからぬ機敏なバックステップで回避。翳した細腕から雷撃が放出される。公龍は咄嗟の判断で血の刃を地面に突き立てて放棄。避雷針替わりとなった刃が雷撃を受ける間にも、公龍は二本目の刀を作り出してスパークに斬りかかる。


「にははははっ!」


 しかし不愉快な笑い声とともに振り回された腕が電撃の尾を引いて公龍の接近を阻む。公龍は身を捩って電撃を回避。苦し紛れに落ちていた注射器を投げつけるが、それすらも迸る稲妻によって撃ち落とされる。


「クソッ! さすがにビックリ人間過ぎるだろうが」


 爆発や鋭利な刺突ならば戦い様がある。攻撃を受けても余程のことがなければ即死するわけではないからだ。

 だが雷撃が相手では話が違う。一度雷撃を食らえば身体の七割が水分である人間の身体は一瞬にして蹂躙されるだろう。さっきの老人がいい例だった。何が起きたのかすら分からず体内から熱に犯され、煙を吐いて死ぬことになる。解薬士がいくら外法の薬を使うからと言っても、その生物的な制約を覆すことは不可能だ。


「……今までで一番厄介かもしんねえな」


 力任せに捻じ伏せてどうにかなる相手ではない。体型と能力から推測した遠距離攻撃主体の鈍重さにつけ込めるかと思ったが、どうやらそれも当てが外れた。


「まあいい。探す手間が省けたんだ。てめえをさっさとぶっ潰して、親玉のとこまで案内させてやるからよ」

「にはははは! 威勢だけは一流ね! やってみなあっ!」


 スパークが両腕から放電。今度は二条、眩い稲妻が公龍めがけて猛り狂うように迫る。公龍は勘で飛び退いて回避。唐紅色カメリヤのアンプルを打ち込み、五指の先に血の弾丸を生成する。


「うらあっ!」


 腕を振り抜き、弾丸を放つ。しかし弾丸はスパークに到達することなく、周囲に放出された稲妻によって弾かれ、あるいはすぐさま蒸発して掻き消える。

 悔しいがこんな小細工が通用するとは思っていない。予想の範疇、ただの確認作業だ。

 言わずもがな、赤系統の特殊調合薬カクテルで生成できる公龍の武器は全て血をベースとしている。操作した血液は分子間力を強化することによって鋼鉄にも匹敵する硬度を獲得するが、所詮はえきたい。スパークの稲妻がどうかはさておき、自然界では三万度に到達するとさえ言われる莫大な熱を孕むものである雷を前に、いくら特殊調合薬カクテルの超常的な効能とはいえ意味を為すわけがない。


「にはははっ! 逃げてるけじゃあ、勝負にならないよおっ!」


 脂肪の塊が少女の声で笑う。次々と雷撃が放たれ、地面を抉り、天井を砕き、壁を破壊した。公龍は近づくことすらできず、時折牽制するように血の弾丸を放ちながら走り続ける。

 ここまでの戦いで分かったことがある。

 スパークの雷撃は本来絶縁体であるはず空気中の、微小な塵を伝って放出される。だから威力は見た通り凄まじいものの精度にはブレがある。加えて白濁した瞳は放つ雷撃がスパーク自身をも焼き付けていることを意味している。おそらく最初に放ったような全方位への無作為雷撃のような大技は使用に限界がある。

 しかし一丁前に分析してみたものの、公龍の攻撃が通る手立てはまだ見つからない。

 現状、公龍に講じることのできる策はなるべく距離をとり、そのブレを誘発させつつ相手を消耗させることだけだった。


「てめえこそ、さっきから全然当たってねえぜ。どうした? やっぱりデブだからスタミナ不足か?」

「にははははっ! 余裕かましる場合なのかなあっ?」


 スパークが放電しながら地面を蹴る。巨漢らしからぬ瞬発力。


「そう来ると思ったぜ」


 公龍が急停止するや、迸る雷撃の合間を縫うように弾丸が飛来。ボールペン大の細長い弾頭がスパークの肥大した腹に突き刺さる。

 花の狙撃。放った特殊調合薬カクテルは分厚い脂肪に阻まれるも、集中を削がれたスパークの両腕にまとう稲妻の燐光が不安定に揺らぐ。

 生じるほんの一瞬の隙。スパークのすぐそばで倒れ伏している死体を押しのけて銀が飛び出す。手には既に最高出力に達した高振動の特殊警棒が握られる。


「でいやぁっ!」


 雄叫びとともに振り抜かれた特殊警棒がスパークの鳩尾を穿つ。しかし分厚い脂肪はそれ自体が盾として機能し衝撃を減衰。スパークが踏み止まる。


「てめえはもっと頭使って戦えッ!」


 銀の身体を陰にして飛びかかるのは公龍。頭上高くに振り上げた血の刃を滑らかに振り下ろす。


「あひゃぁあああああああああああああああっ」


 少女の絶叫。真っ赤な鮮血と黄ばんだ脂肪が飛び散り、スパークの体躯がびくびくと震える。耳障りで凄絶な苦鳴は、だが間もなく嘲るような笑い声へと変わった。

「痛っ、いは、には、にははははっ……バカねえ、オマエら。ほんとおにバカねえ」

 スパークがゆっくりと振り返り、口元に滴る涎を拭う。深く切り裂いたはずの腹は時を巻き戻すように再生し、傷はあっという間に塞がっていく。


鼓動し嘲笑する臓器モック・ノック・オーガン……」

「にははははっ! そこまでは知ってるんねえ。ターンが言ってた通り、優秀なんねえ。でもざーんねん! これは違うのよ。ほら、ボクチンも、オマエらとお揃いなんあ」


 ぶよぶよに垂れ下がる三段腹の隙間。持ち上げられた肉の間で埋もれているのは公龍たち解薬士と同じ鈍色の穴メディホールが植え付けられている。


「そういうことかよ。あんだけ雷ぶちかまして平気な理由もそれか」

「にははははっ! ま、種明かししたところ、オマエらにできることなんてないのよおっ! しれまくって死んじゃええっ!」


 スパークが両腕に稲妻の燐光をまとって地面を蹴る。膂力と体重によって地面が砕けて陥没する。


「おい、九重! 何がどうなってやがんだよ」

「説明してる暇はねえ! もたついてっと死ぬぞっ!」


 公龍は銀に向かって叫びながら回避。牽制に花が特殊調合薬カクテルを放つも、今度はスパーク自身の周囲に展開された電磁波がシールドの役目を果たして狙撃を容易く捻じ伏せる。


「にぃははははっ! くらえっ!」


 少女が悪ふざけをしてじゃれているような無邪気さとともに雷撃が床を走る。狙いは今しがた放たれた狙撃はな出所いばしょ。銀は猛り狂うように駆け抜けていく雷撃に自ら飛び込んだ。


「だばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばっ」

「兄ぃっ!」


 全身から黒い煙と人の肉が焼ける嫌な臭いを立ち込めさせ、銀が床に沈む。伏射姿勢で息を殺していた花が思わず立ち上がり、無防備に銀へと駆け寄る。


「てめえの相手は俺だろうがっ!」


 公龍はスパークの意識を花たちから逸らすように焼き焦げた死体を踏み越えて接近。ほとんど勘で雷撃を掻い潜る。左手指に生成した血の弾丸を放ち牽制しつつ右手に握る血の刃を振り絞る。


「にははははっ! 血の刀なんて意味ないって、何回やったら分かるの――――へぶしっ」


 余裕の笑みを口角に浮かべたスパークの鼻っ柱に叩き込まれたのは公龍の右拳。公龍が振り抜いた正拳はスパークの巨躯を仰け反らせて吹き飛ばし、スパークが纏っていた雷の光もまた公龍の全身を焼いて吹き飛ばす。

 公龍はすぐさま立ち上がる。雷撃を浴びた身体からは煙が上がり、炭化した皮膚がぼろぼろと剥がれ落ちる。ほとんど感覚のない手に回転式拳銃型注射器ピュリフィケイターを握り、鉄灰色アイアングレーのアンプルを打ち込んで回復を図る。

 しかしあくまで付け焼刃。鉄灰色アイアングレーのアンプルでは焼き焦げた内臓の再生までは望めない。


「畜生が……割に合わねえ一撃だ……」


 まともに雷を浴びた公龍は既に満身創痍。かたやスパークに浴びせたのは拳骨一つだけ。何の洒落でもなく命がいくつあっても足りない。

 公龍の視線の先では、スパークがにたにたと笑いながら起き上がる。圧し折れた鼻梁からは蛇口を捻ったように鼻血が流れるが、まだ口元にははっきりと余裕が浮かんでいる。電撃という人外の力を手に入れる過程であらゆる痛覚を失っているのだろう。ジェリーやメルティはもちろん、〝解薬士狩り〟にも劣らぬバケモノというわけだ。


「にははははっ! 効いた! 効いたよお! いいパンツ持ってるんねえ……ん? いやパンツないよお、パンチよお! ってそこは突っ込むところのにい!」

「けっ……ざけんな」


 公龍は続いて深緑色エバーグリーン檸檬色ビビッドイエローのアンプルを注入。アドレナリンの過剰分泌と痛覚の遮断で痛みを飛ばし、心身を強引に奮い立たせる。

 視界の隅で捉える銀は轢かれたカエルように失神している。奴の異様に図太い生命力のことだから死んではいないだろうが、この戦いでの復帰は望めない。銀がやられたことで過呼吸に陥り、慌ててレッドピルを服用している花も同様だ。


「あのスカシ馬鹿め……一体どこで何やってやがんだ」


 追い込まれている。だからこそ、今ここにいない相棒への意味のない恨みが口を突いて出る。

 どうすれば勝てる。公龍が懸命に思考を回転させるなか、不意にスパークが構えを解いて公龍に背を向けた。


「あ? てめえ、どういうつも……」

「げっ、ターンの野郎もう帰ってきちゃっらのお? あー、オレまた怒られるやつあ。めんくせえ。わかったよ。今すぐもるよ」


  スパークは腕時計型端末コミュレットの通信に応答している。だがそんなことはどうでもいいことだ。スパークがこちらに背を向け注意を逸らしていることこそが重要だった。

 公龍は低く地面を蹴り出し、両手に生成した弾丸を放出。すぐさま重ねた手のなかに血の刃を生み出し、スパークへと襲い掛かる。

 しかしスパークは背を向けたまま銃弾を回避。公龍の斬撃さえも最低限の動きだけで躱していく。


「ああ、おん。そうよ。ちょっとお散歩。わかってるよ。これからもるから。あいつに余計なこと言うんねえ。おん。……おん」

「クソがッ!」

「うるさいな。人が電話してるときは静かにってママに習ったしょ!」


 スパークが急に振り返り、手を翳す。放たれた雷撃がほとんどゼロ距離で公龍の胸を撃ち抜いた。


「――――っ!」


 公龍は吹き飛ぶ。今の一撃で胸の鼓動が掻き消えた。血の刃はかたちを喪失し、体内に戻ることなく地面の赤黒い滲みへと変わる。

 心停止――。

 急速に凍りついていく公龍の意識は立ち去っていくスパークの姿さえ捉えることはできなかった。

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