01/Explosion《2》

 公龍くりゅうは飛来する針を薙ぎ払い、スラストの攻め手の間隙を縫うように長槍を振るう。踏み込んできたスラストは手首から真っ直ぐに突き出した針で応戦。撃ち結んだ両者の間で火花が散るよりも早く、スラストの逆腕から針が突出。公龍の肩を掠めていく。


「舐めてんじゃねえぞ、コラァッ!」


 肩から薄く血を流しながら公龍はスラストを押し込む。僅かに体勢が崩れたところに畳みかけ、一瞬にして短く持ち直した長槍で刺突を見舞う。しかし折り重なるように生え出た針が盾となり公龍の一撃を防御。大音声に弾かれるように、互いの間合いが開く。


「ガチガチガチッ!」


 息つく間もなくスラストの針が飛来。公龍は大きく弧を描くように走り出し、旋回させた長槍で針を弾く。左手の五指に血の弾丸を生成。鋭く腕を振り抜いて無軌道の弾丸を発射する。

 スラストは放った針でそれを完封。恐ろしいほどの精密性に公龍は驚きを禁じ得ない。


「これならどうだっ!」


 公龍は唐紅色カメリヤのアンプルを二重使用。掌に拳大のが生成される。

 発射。

 空気を裂いた血の砲弾は赤い軌跡を引きながらスラストへ一直線。針による迎撃をものともせず、スラストの胸に命中する。


「しゃああっ!」


 ようやく届いた攻撃に公龍は雄叫び。しかし油断することなく長槍を引き絞って距離を詰める。狙いは砲弾の着弾箇所。衝撃によって針が折れ、露わになっているスラストの胸に、血の赤が瞬くように閃く。

 肉が断たれ、鮮血が舞う。

 果たして貫かれたのは公龍のほう。スラストの肩と腰から突き出した針が公龍の肩や腿を的確に縫い留めるように貫き、その踏み込みを押し留めている。一方、公龍が繰り出した槍の穂先は胸を覆うよう生成された折り重なる針に防がれ、スラストの胸の薄皮一枚を切り裂くに留まる。


「……クソったれが」


 しかし公龍は止まらない。さらに深く食い込んでいく針も厭わずに前へ踏み込む。

 こいつらの目的など知らない。だが一番手を出してはならないものを傷つけた。そのオトシマエは何としても、つけさせねばならなかった。


「この程度で止まるかよっ!」


 槍を受け止めるスラストの針に亀裂が走る。スラストは歯ぎしりをするように、鋼鉄の顎をギリと軋ませた。


「うぉぉおおううららあああああっ!」


 公龍の咆哮が轟き、ついに針の盾が砕け散る。しかし驚愕に目を見開いたのは公龍のほう。折り重なる盾を砕き、突き出した胸から生える新たな針。血の長槍を引き裂くようにして射出されたそれは公龍の腕をも容赦なく貫いて、肘から背後へと抜けていく。


「ガチガチガチッ!」


 スラストが無数のスパイクを生やした足で前蹴り。踏み抜かれた公龍の身体はくの字に折れ、突き刺さっていた針とともに後方へ吹き飛ぶ。

 背にしていたビルの壁に激突。針は公龍とコンクリートを縫い留めて固定。公龍は壁に磔にされる。

 肺から空気を搾り取られ、さらには全身に走る鋭い痛みにも喘ぐ公龍の視線の先。スラストが前傾姿勢で腰を落とす。奴がこれから何をしようとしているかは明白だった。


「まじかよ……」


 公龍の呟きを掻き消すように、スラストが爆発的な踏み込みから真っ直ぐに加速。自らを砲弾とし化して公龍へと激突する。

 大音声。

 公龍が磔になっていた壁は原型を留めずに引き飛び、激しく粉塵が立ち込める。


「……ったく、かっこ悪いから使いたくねえんだよ」


 徐々に晴れていく粉塵のなかから公龍の不愉快そうな声が漏れる。荒い呼吸をする公龍の掌から広がる巨大な壁が、スラストの突進を寸前のところで押し留めていた。

 洋紅色カーマインのアンプル。体外で迸る血を堅固な盾へと形勢する。生み出される盾の硬度は、相手を切り裂くために研ぎ澄まされる珊瑚色コーラルレッドの刃や長槍の比ではない。

 一度の使用で大量の血を消費することと、攻撃こそ最善の防御であるとする公龍の獣じみたスタンスのせいでこれまで滅多に日の目を見ることがなかった特殊調合薬カクテルだが、度重なる改造人間どもとの熾烈極まる戦いに備えて用意していたのが役立った。


「ガチガチ……ッ」

「さすがにこれは砕けねえだろ、たわし野郎」


 顎を軋ませるスラストに、血だらけで満身創痍の公龍が獰猛に笑む。


   †


「エンッ!」


 振り抜かれた二つの左拳を、八卦掌由来の円を描く歩法で受け流すように回避。ラプチャーの側面へと回り込み、頸椎に裏拳を叩き込む。しかしインパクトの瞬間、ラプチャーの体表で小規模の爆発。裏拳の勢いは削がれ、ダメージは与えられない。

 意趣返しをするかのようにラプチャーが身を翻しながら右腕で裏拳を放つ。爆発の衝撃の乗った豪速の拳がアルビスに迫る。回避は叶わず両腕で防御。しかし命中と同時に爆発。アルビスは炎に包まれ、衝撃波に吹き飛される。

 すぐに体勢を整え、スーツの上で揺らめく火を払って消す。防火繊維の織り込んだスーツのおかげで火傷自体は大したことはない。しかし爆発の衝撃は、確実にアルビスの骨身に響き、ダメージを蓄積させている。

 ラプチャーの動き自体は粗削りだ。しかし四本の腕と爆発の加速が乗った打撃はタイミングが掴みづらく、躱すもいなすも困難を極める。本来の戦闘スタイルは事務所を遠隔で爆破したような中長距離の破壊工作なのだろうが、一度触れれば自らの血肉ごと容赦なく爆ぜるラプチャーの身体は近接戦闘においてもこの上なく厄介だった。


「面倒な能力を持っている。だが貴様と戯れている時間はない」

「ユーロッ!」


 腕の再生を終えたラプチャーが短い雄叫びとともに低空姿勢で疾駆。打撃の射程外にも関わらず左右に大きく広げた四本腕を振るう。殴打を警戒していたアルビスは反応に遅れる。腕に滴るメチルナイトレートを飛び散らせたのだと理解したときには爆発に巻き込まれている。

 アルビスは爆炎に焼かれながらも後退。しかし間合いを詰めたラプチャーが灰青色の炎の裂いて肉薄する。


「ゲン!」


 四本の拳が左右上下から一斉に振り抜かれる。爆速の拳がアルビスへと減り込む。骨を圧搾するような鈍い打突音が響き、それを掻き消すように再度の爆発。アルビスの体躯は呆気なく吹き飛んで地面を転がる。


「ウォォォォォォンッ!」


 しかし苦鳴を漏らしたのはラプチャーのほう。右上の腕が一本、肘のところで逆に曲がってだらりと垂れていた。

 人間が視覚で物事を感知して得た情報を脳で処理し、あらゆる対処に移るまでの伝達時間には〇・二秒という絶対的なラグが存在すると言われている。しかし若竹色ペールグリーンのアンプルにより伝達速度そのものを加速させ、山吹色ブラッドオレンジのアンプルであらゆる五感を発達させたアルビスにとってその壁はいかなる意味も持ちはしない。ゆえに、相手の攻撃を寸前で見切って致命傷を避け、なおかつカウンターを見舞うことすらわけはない。

 コンマ数秒の内に幾重にも交差する人外相手の戦闘において、アルビスが手にする圧倒的な知覚と反応は人体改造によるどんな特殊能力にさえ匹敵する強みと言える。


「……いい加減、貴様らのようなびっくり人間と戦うのも慣れてきた。能力タネさえ分かれば対処のしようはいくらでもある」


 アルビスは口のなかの血を吐き捨てて立ち上がる。既にスーツやシャツは爆発で引き裂け、覗く肉体には爛れた火傷痕が浮かんでいるが、アルビスの構えには僅かな揺らぎもない。


「ドルゥッ!」


 ラプチャーが鋭い雄叫びとともに踏み込んでくる。アルビスは一打目を掻い潜り、二打目を速い掌底でいなす。懐へと潜り込み肘打ち。だがラプチャーは胸を貫く衝撃を踏み止まって耐え、三本目の腕でアルビスの首根っこを掴む。

 爆発。

 爆炎のなかからアルビスが転がり出る。寸前でラプチャーの肘を砕いて直撃は回避した。だが今の一発で端整な顔の左半分は焼かれ、左眼は視力を失っている。爆音の衝撃で鼓膜は破れ、肉の焼け焦げる悪臭が嗅覚さえも閉ざしている。

 吹き飛んだ腕をあっという間に回復してみせたラプチャーが汗腺から溢れ出すメチルナイトレートを飛ばす。アルビスは迫る爆発を避けながら疾駆。全身に走る激痛を不屈の精神力で捻じ伏せる。

 ラプチャー・リッチは全身の汗腺からメチルナイトレートを分泌し、自らの肉体が吹き飛ぶことさえも厭わずに爆発を引き起こす。一見すると無茶苦茶な戦闘スタイルは、アルビスたちが使う鉄灰色アイアングレーのアンプルと同種の薬剤によって即座の再生を図ることで維持されている。

 自爆を恐れない特攻は当然脅威だが、強大で厄介な能力であるがゆえに無敵ではあり得ない。

 アルビスは飛び散るメチルナイトレートを掻い潜ってラプチャーへと接近。振り下ろされる拳を紙一重で躱し切り、潜り込んだ懐から掌底を突き上げる。

 鈍い打突音。

 アルビスの打撃がクリーンヒットしたにも関わらず爆発は生じず。突き上げられるままに浮いたラプチャーの身体が地面へと落ちて転がった。

 アルビスの掌には確かな手ごたえ。それは与えたダメージに対する手応えではなく、暴威を振るう奇怪な能力に対して一条の光明を掴んだことへの。

 ラプチャーは爆発で自分もろとも相手を吹き飛ばす。だからこそ脳や心臓がある頭と胸を爆発させることができない。いや、そもそも誤爆を防ぐべく、頭や胸の汗腺からはメチルナイトレートが分泌されない身体構造になっているに違いない。


「もうタネは割れた。貴様に勝ち目はない」


 アルビスは立ち上がったラプチャーに宣告。地面を低く蹴り出そうとした刹那、頭上から銃弾を雨が降り注ぎ進路を塞ぐ。アルビスは急停止して銃弾の方向――ビルの屋上に立つ赤毛の男を見上げる。

 しかし赤毛の男はさっきと変わらぬ様子で立ち尽くしたまま。武器を取り出した様子も、何かの能力を行使した様子も見られない。だが身にまとう圧だけはさっきまでと打って変わり、有無を言わせぬ剣呑さを帯びていた。

 ラプチャーが足の裏の爆風で屋上へと跳躍。公龍と戦っていたスラストもスパイクと化した足で壁を駆け上り二人の横へと並ぶ。

 アルビスは追撃をかけようと腰を落とすが、身体に走る激痛に思わず膝を折る。どうやら度重なる爆発は鍛え上げた肉体に確かなダメージを積もらせていたらしい。巨大な血の盾を解いた公龍も血を使い過ぎたらしく、よろめいて壁に手を突きながら肩を揺らして荒い呼吸を繰り返していた。


「さすがはジェリーとメルティを倒しただけのことはある……と言いたいところだが、既に満身創痍。底は見えた」


 赤毛の男が怜悧な眼差しでアルビスたちを見下ろす。その両サイドではラプチャーとスラストが伸びをしたり首を鳴らしたりしている。


「これは警告だ。この件から大人しく手を引けば、我々がこれ以上危害を加えることはない。だが邪魔をするのであれば容赦はしない。無論、お前たち二人を叩きのめすという意味ではないぞ。そこで寝ている娘も、女刑事も、お前たちが組んでいる二人組も、関わる全ての人間をこの世から抹殺する」


 ありきたりな脅し文句ではないだろう。こいつらが――〝六華〟が本気になれば、アルビスたちを地獄に突き落とすことなど容易い。ジェリーらと死闘を繰り広げ、たった今ラプチャーたちと実際に手合わせしたからこそ、奴らの脅威の大きさが理解できる。


「一体何が、賢い選択であるか、しっかりと考えることだ」

「待ちやがれッ!」


 赤毛の男が言い放つと同時、屋上で爆発が生じる。アルビスは眠ったままのクロエを抱えてその場から退避。公龍も追い縋ろうと駆け出すが降り注いだ瓦礫に行く手を阻まれる。

 高く舞った粉塵が晴れるころにはもう、〝六華〟三人の姿は跡形もなく消えていた。


「……クソッ!」


 公龍が鋭く吐き捨てた言葉を掻き消すように、ビルの向こう側からはけたたましいサイレンの音が近づいてきていた。

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