05/The raid of cardinals《3》
突如降り注いだ横殴りの鉄の礫の嵐が止む。火薬の臭いが立ち込めるなかに、鼻を刺すような刺激臭。本能的に吸い込んではいけないと思い、アルビスは自分と澪の口を覆った。
「――んだよぉ、外れかよ畜生」
乱暴な濁声。かつかつと床を鳴らす足音。
アルビスは伏せたまま、床に散らばったガラスの破片に映り込む襲撃者の姿を確認した。
襲撃者は女だった。髪は短く、頬にはそばかすが浮く。迷彩柄のタンクトップにデニムのホットパンツ。さらに足元は素足に下駄という徹底された露出の高い格好。両肩にスリングが交差するように掛けられ、両手にはバケモノじみた大きさの機関銃が担がれている。そして女の身元を証明するかのような、異様なほど鮮やかな赤色のキャップ。
女――キティ・ザ・スウェッティは抱えていた空の機関銃を両脇に捨て、右手を拳銃、左手をコンバットナイフに持ち替える。刀身の捻子曲がった黒塗りのコンバットナイフも異様だが、それ以上に拳銃の大きさが馬鹿げている。七二口径はあるだろう巨銃など、引き金を引いた瞬間に肩の骨が砕けてしまう。しかし使い込まれた様子から、それが単なるこけおどしでないことは明白だった。キティ・ザ・スウェッティはあの華奢な腕で、巨銃を扱ってみせるのだ。
「おいおい、さっさと出て来いよ。隠れてるっつうんなら見つけてぶっ殺すぞ? まあ、出て来てもぶっ殺すから同じなんだがな。かはは」
粗野な挑発。キティ・ザ・スウェッティが椅子やら机やらを蹴飛ばす。
アルビスは澪に耳打ちし、意を決する。身体を起こしてソファの陰に身を顰めたまま、キティ・ザ・スウェッティの様子を窺った。コンバットナイフを弄びながら、適当な照準で拳銃の引き金を引き絞る。大口径の銃弾が壁や家具を粉砕していく。
銃口が、アルビスたちの潜むソファへと向いた瞬間、地面を蹴って低く飛び出した。
「いたぁっ!」
歓喜の声。まるで獲物を見つけた肉食動物のように獰猛な笑み。
銃口がアルビスを追い駆け、次々と銃弾が迫った。何発目かの銃弾がアルビスの太腿を貫き、派手に転倒。同時に巨銃が弾を撃ち尽くしホールドアップ。
キティ・ザ・スウェッティは次弾を装填するのではなく、コンバットナイフを逆手に握り直して床を蹴った。下駄履きとは思えない瞬発力で、一瞬にしてアルビスの目の前に現れる。
アルビスは手を伸ばし、キティ・ザ・スウェッティの手首と肘を受け止める。興奮しているのか異様な量の汗をかいている。アルビスは腕を圧し折るつもりで力を込める。
じりじりと黒い刃を押し込まれるなか、キティ・ザ・スウェッティが右手の巨銃でアルビスの顔を殴打した。アルビスは体勢を崩し、押し込まれてきたコンバットナイフが鼻梁を切り裂く。続いて突き上げられた膝がアルビスの顎を打つ。振り下ろされてきたコンバットナイフがアルビスの肩に突き刺さった。
「ぐぁぁっ……」
いつもの鉄仮面が苦痛に歪む。キティ・ザ・スウェッティはアルビスの呻き声に恍惚とした表情を浮かべ、コンバットナイフを引き抜いては何度も同じ場所へと捻じ込んだ。アルビスの身体が倒れ、無様に床に転がった。
「かははっ、かははっ。いいぞ、泣けっ! 泣けぇぇっ!」
狂気に爛々と輝く双眸。口の端は快感に歪み、だらしなくはみ出た舌から涎が滴る。
「かははっ、どうしたほらほらほらほらほらあっ!」
出血多量で遠退く意識を繋ぎ止めるように、銃声が響いた。
一瞬早く気配を察知したキティ・ザ・スウェッティは横っ飛びで飛び退いている。
「んだこのクソアマァッ! 邪魔しやがってぶっ殺すぞゴラァッ!」
キティ・ザ・スウェッティは口汚く吼えるも、続けざまに放たれる銃弾に回避するほかにない。
少し遅いがタイミングは悪くない。アルビスは内心で胸を撫で下ろす。
見ることはできないが、ソファの陰から出てきた澪がアルビスのアタッシュケースを拾い上げ、拳銃を放ったのだ。
「アルビスさんっ!」
隙なく銃を連射しながら、キティ・ザ・スウェッティの動きを牽制する。子猫さながらの身のこなしで銃弾を躱しているが、アルビスとの距離を開くには十分だった。
陥った状況の問題点は二つ。まずは敵の力量や能力、傾向が全く測れないこと。しかしこれに関してはとやかく言ってもしょうがないことだ。
二つ目は、咄嗟に機関銃の掃射を躱したためにアタッシュケースが手元から離れてしまったこと。アルビスは日頃からの鍛錬を怠らないとは言え、所詮は生身の人間である。解薬士でさえ造作なく殺しの対象にしてしまうような怪物を相手にするならば、どうやっても
だからアルビスは再び手元にアタッシュケースを取り戻すための、半ば捨て身の策を講じた。
澪に蹴られ、床を滑るアタッシュケースを手に取り、
キティ・ザ・スウェッティは澪が再装填する数秒の間隙を縫って、澪へ接近。巨銃で殴りつける。澪の体躯は吹き飛び、壁に打ち付けられて階段を転がり落ちていく。
自分に
注入したのは
患部が異常な熱を発し、湯気を立ち昇らせる。激痛は徐々に収まり、感覚が取り戻されていく。
刹那、アルビスの身体が大きく痙攣。唐突に術者の手から放り出された操り人形のように、力なく床を転がった。
赤く染まる視界で、キティ・ザ・スウェッティがこちらを見下ろしている。
「やっと効いたか、ったく。いつもいつも遅えんだよクソ」
キティ・ザ・スウェッティは突如として動けなくなったアルビスの顔面を蹴り飛ばす。血と唾液とともに奥歯が吹き飛んだ。
霞む意識のなかで、驚愕の推測に辿り着く。名は体を為すとは言うが、目の前の女はもはや怪物に近い何かだと思った。それは
「
アルビスの掠れた呟きに、キティ・ザ・スウェッティは獰猛に微笑んだ。
「意外といい勘してるじゃねえの。その通りさ。アタイの汗は神経毒。注ぎ込めば肉体の自由を奪うなんて造作もねえ。まあ、もうちっと遊んでやりたかったが、こうなっちまったら幕引きだ。最強っていう割りにゃ大したことなかったな、銀髪」
掌の上で回転していたコンバットナイフが逆手に握られる。キティ・ザ・スウェッティがそれを振り上げる。アルビスの脳裏に、頭を潰された空木朱音の無惨な遺体の姿が過ぎる。こんなところで終わるわけにはいかないのに、もう身体はどうにも動かなかった。
そして間抜けな着信音が鳴った。
キティ・ザ・スウェッティが手を止め、ホットパンツのポケットから着信音の発生源を取り出す。二つ折りの携帯電話は、腕時計型端末が一般的な現代からすると数世代前の通信手段だった。
「ちっ、これからだってのに」
そう吐き捨て、通話に応じる。
「……あいよ。……ああ。…………ああ、わあったよ。……はいはい」
乱暴に通話を切り、キティ・ザ・スウェッティはアルビスの横にしゃがみ込んだ。
「運がいいな、銀髪の兄ちゃんよ。また遊んでやるからもっと次はアタイを楽しませろよな」
そう言い残し、キティ・ザ・スウェッティは軽い足取りで階段を下りていった。
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