最終話 ジャに成った

さて、これにてこの地で起きた大蛇騒動が終わったのかと村中が沸き立つように喜んだ。法触は亀太郎を治したという風だったので、まだ良かったがむざむざ家来を殺された和地馬之助はすごすごと帰っていった。

この日の夕に眼を覚ました木蓮は騒動の一部始終を聞いた。話しを聞いた木蓮はハヤチの首に文を付け使いに出した。

それから数日は六造の葬儀を済ませると、今度は惣右介と庄屋の娘ハツの婚礼の準備が始まった。


その中で松吉が夜中に新左衛門、木蓮、和尚を集めて言った。もしかすると大きな間違いをしているかも知れへん、と。


「どうも上手く行き過ぎやないかと思うんですわ。第一になんで亀太郎は無事なんやろね?露骨に蛇を見たなんて言うて。普通目撃者は消さんと折角、潜伏しているのに正体がばれる。

そもそも宗閑が助丸なら伊兵衛に復讐をするとして、単純に殺して終わっとるでしょう?今、伊兵衛が楽しみにしているのは一人娘の婚礼です。伊兵衛の幸せが一番高まる時に娘を…さらに婚礼の場で一族郎党、てなことを考えたわけですわ。一番怪しかった惣右介の疑いが逸れて、次に助丸が浮上した途端に六造が殺された。さて、どう言う訳ですかな?」


新左衛門は松吉の話を頭の中でまとめる。手がかりを一切残すべきではないのに、あからさまな手がかりになりそうな証人が生きている。復讐に掛かるのに邪魔な新左衛門や、赤い蛇を追う渡り巫女を遠ざけるなりしてから安心して復讐を開始するのではないかと言いたいのか。


「実は私もそのことを考えておりました。確かに村に満ちていた蛇の妖気は薄れていっていますが、六造さんが殺されたのは…多分、新左衛門様達といた時に事が起きれば疑われないからではないでしょうか?」

「あたしもそう考えました」


話しを聞いていた和尚が慌てて口を挟む。


「お待ちなさい。まさかまだ蛇が潜んでいると?」

「あたしはそう考えやしたよ。和尚様、何も証拠がない訳やないんですわ。惣右介さんの左手の傷です。あの騒動の最中、確認しやしたが左手の傷を眼にしましたがあれは引っ掻き傷じゃありません」


あれは刃物で切られた傷ですわ、と松吉は言いきった。あの時にはすでに松吉には疑念があったらしい。大体、あれから六日経つがまだ惣右介は左手の甲を隠すようにしているのだと松吉は言った。


「恐らく夜刀神波平行安の刀傷を妖は治癒しにくいのでしょう」

「しかし、すでに皆は大蛇は退治されたと思っている。今更、言って何とかなるのか?」

「新左衛門様の言葉は間違いではない。第一、惣右介が大蛇だという証拠が結局無いではないか?」


和尚が唸るようにそう言った。傷にしたところで確かとは言えない。


「それに関しては私に考えがあります。外国の赤い蛇の力だからこそ効果のある方法が。ただそのための道具が手元にないのでハヤチを使いに出しております。二日後の婚礼には間に合うかと」


木蓮はその道具について皆に話した。しばらく考え混んでいた松吉が手を打ち、考えがあると言った。


「出来れば自然に婚礼に出て惣右介さんに近づきたい。和尚様、村人で梅次って惣右介さんと仲の良い男がおりましたな」

「ふむ、確かにおるな」

「他に竹の名が付く方は?」

「まぁ、おらん訳ではないが…」

「竹か?俺の幼名は竹若丸だがなぁ」


と、新左衛門が笑いながら言った。


「へぇ、そりゃあ丁度良い。松竹梅と揃いますな!」


話しを聞いていた三人が何を言うのか、と松吉を見た。


「まぁねぇ、出来れば惣右介さんが蛇じゃなきゃいいんですがね〜」


松吉にしては深刻な顔で溜め息をついた。


◇◆◇◆◇◆◇


婚礼の日がやってきた。空が晴れ渡り鱗雲が疎らに見えて気持ちの良い日である。庄屋の屋敷の庭で婚礼は行われた。本来なら屋敷の中で行うのだが、大蛇退治の話しを聞いて物見高い連中が近隣の村から集まり大変な賑わいになっていた。


「さぁさぁ、皆様!本日はお日柄も良くご婚礼まことにおめでとうございます!我ら松竹梅が婚礼の余興をさせていただきます」


松吉が出席者に挨拶を手慣れた様子で声を張り上げ行う。松吉、竹若丸こと新左衛門に村人の梅次が華やかな衣装を着て神妙な面持ちでたっている。梅次に至ってはとりあえず、段取り通りにやれと言い含められて訳も解らず婚礼の余興だからと加わっていた。新左衛門の姿を見て出席者たちから歓声が湧いた。大蛇退治の英雄に祭り上げられているのだ。新左衛門は顰めっ面を仕掛けたが、その背を松吉が見えないように後手につつく。新左衛門は引き攣ったように笑みを浮かべた。

松吉の挨拶が終わると三人は横一列にならび手にした扇子をぱっと広げた。それぞれ松竹梅の文字が扇子に書かれている。それから扇子を左右に振りつつぐるりと庭を周り、花婿、花嫁の前にでるとまずは松吉が、


「なったあ、なったあ、蛇(じゃ)になった、当家の婿殿蛇になったぁ」

「なに蛇になあられた〜」


この口上が冗談にならなかっただけに伊兵衛、惣右介にハツは眉を潜めた。この後、梅次は長者になぁられた、と続ける筈であった。空高く頭上に上がった太陽も婚礼を祝福しているようであった。そのとき、花婿の惣右介の顔に何処からか光が射してきた。惣右介は眩しげにしたかと思うと、


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」


と、叫び顔を覆った。何事が起きたのか、一瞬の静寂の後に場は騒然となった。惣右介を心配して身を動かしたハツを新左衛門が突き飛ばすように間に割って入った。一体、何が起きたのか、伊兵衛がハツを受け止め怒りの声をはっしようとしたが、その声は喉の奥へと止められた。伊兵衛を見た惣右介の顔に十字に火傷が出来て、口が耳まで裂けその眼は爛々と赤く輝いていた。

伊兵衛が恐怖に叫び、同じく惣右介の異貌を見たハツが気を失った。それに気付いた周囲の者も悲鳴や怒号を上げながら我先にと場を離れようとした。花婿、花嫁が座っていた庭に面した縁側でまるで舞台のように新左衛門と異貌の惣右介が睨みあった。


「おのぅれぇぃ!気付いておったかァァァァ‼︎」

「違えばただ祝いの余興となった物を…」


新左衛門は残念だという心持ちでそう言った。カァァァァァァ!と怒声を上げた惣右介、いや宗閑がさらに人から黒蛇に変化したかと思うと伊兵衛を狙ってか飛び上がったが、夜刀神波平行安が抜き放たれ黒蛇の首が宙を舞った。


「伊兵衛ぇぇぇぇい」


怨念を含んだ叫びが悲しくも虚しく響き、娘を抱く伊兵衛の前にすとんと落ちた。無念の形相は怒りと憎悪に染まり、激しく歪んでいた。


「わ、我は、我の人生は…なんだったの、だ…」


夜刀神波平行安の退魔の力は一刀で妖の昏い生命を断ち切ったのだった。伊兵衛が頭を床に擦り付け、宗閑へ悔恨言葉を連ねたがそれはもう永遠に届かないのであった。


◇◆◇◆◇◆◇


後味の悪い騒動となった。あの後、当然主役のいない婚礼なぞ続く訳もなく混乱の中、お開きとなった。和尚があの場を収めなければどうなっていた事か、と新左衛門は熱い茶を飲みながら寺の離れ小屋で考えていた。木蓮と松吉もいて沈黙が続いていた。ハヤチも中にいて木蓮のそばに寄り添っていた。ハヤチの白い毛を撫でながら、木蓮は憂いを込めた瞳を下に向けていた。いまはまた青い片目は隠している。傍に外法箱と丸い金属板があった。それはあの時、惣右介の顔に火傷を負わせた銅鏡であった。ただの銅鏡ではない。ある細工がされていて近くで見るとただの鏡だが、一定の距離をあけて光を反射すると十字の像が浮かび上がるのだ。耶蘇の象徴である十字架が赤い蛇の眷属には恐ろしいものとなるのだった。


「私たちの考えが間違っていたら、どれほど良かったでしょうか…」


「あのまま余興を終えられたなら、良かったのだがな。だが木蓮殿が責任を感じる必要はない。正しいことをしたのだからな」


「正しいこと、ですか。まぁ、そうやねぇ。真逆、宗閑の復讐を果たさせてやる訳にはいかんですからな。あんまり暗くなってもしゃーないでしょうが、人間は逞しいんやからあの親子もちゃんと生きていけますやろ」


松吉がにんまりと柔らかく笑った。


「松吉は大蛇退治を売り口上に商いが盛り上がるだろうな」


新左衛門が苦笑しながらいう。こんなことを言っても嫌悪が湧かないのは松吉の生来の徳だろうか、と考えていた。木蓮もつられて笑う


「新左衛門様も士官には良い土産なのでは?」


「…あぁ、その件か。確かにそうだな。木蓮殿はまた赤い蛇を追うのだろう?」


「はい、私たち一族はそのためにいるのですから」


「ではこれでお別れだな」


新左衛門の言葉に木蓮は年相応に名残惜しそうな顔をした。そこで松吉が片手を待てとばかりに上げた。


「実はこの松吉、気になる話しを隣の村人から聞きましたんや。最近、田辺の城下町で夜な夜な、若い女が神隠しに逢うとか。どうです?赤い蛇が関わっとる思いませんか。」


「わかりませんが…調べる必要があるでしょう」


「なら、次の行き先は決まりましたな」


松吉がまた笑い、


「こうして旅は続くのでございます」


と、芝居がかった口調で言ったのだった。その笑いの裏で松吉は一つだけ気になることがあった。六造が殺された時、惣右介は自分たちといた。そうすると助丸が操られて六造を殺したのかと思っていたのだが、考えてみるとあの血の海のような惨状を作り出し返り血も浴びずにいられるか?あの後、すぐに死体を女中のユキと発見しているのだ。無理ではないか…松吉はもう一人、惣右介の共犯者がいたのだと推測していた。それは多分、峠で初めて大蛇にあった日に惣右介と逢引していた女であるなら…そこで松吉は思考を止めた。それに理由があったのか無かったのか、それはまたいずれ解ることだろう。


◇◆◇◆◇◆◇


山の中を一人の女が歩いていく。


「なったあ、なったあ、蛇(じゃ)になった、当家の婿殿蛇になったぁ」

「なに蛇になあられた〜」


女は楽しげに唄う。


「いや亡者になられたぁ〜〜」


聞く者のいない口上を述べて女はニヤリと笑い何処までも歩いていく。女はキクと少し前まで呼ばれていた。その前はなんと呼ばれていたのか思い出せない。まぁ、そんなことよりなかなか楽しい余興だったと女は思う。

どうやらまた違う名で物語を廻せば、面白い役者が揃いそうだと女の姿をした蛇は高らかに笑った。


◇◆◇◆◇◆◇


「さてさて、この話の宗閑の蛇の首と身体を供養し祀ったのが雨引神社の始まりとされておるわけだ」


地元の丹後舞鶴でも有名な神社であり、夏には揚げ松明という幻想的で壮観な祭りが行われる。その神社の御神体が蛇なのは知っていたが、そんな由来があったなんて。


「今夜の話はこれにて終い、お開きとしよう」


と阿波四五六の爺様は煙管をたん、と灰皿に打ちつけた。


「…この話、まだ続きがあるんでしょう?」


「そうやなぁ。あたしが集めた中にはこの話の続きが確かにある。しかしな、お前さんも知っての通りあたしは学会の正道からは外れた歴史家やでな。この資料かてまともには取り上げられん内容や。大体、歴史的には年代や人物の名前がかなり正史と外れ異なる部分が多い」


そう言ってから四五六の爺様はこちらを見つめてきた。


「御伽草子の類いやなぁ。それで良いならまた聞かせてやるわ」


爺様はそう言うと眠たげな声で、もう帰れと手を振った。



※作中、雨引神社という記載がありますが実際の神社の成り立ちには全く関係ない創作です。蛇は祀られていますが。

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丹後夜話〜蛇妖玄怪譚〜 帆場蔵人 @rocaroca

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