第579話 そぞろぞろぞろ
やって来た六人組は、前衛の三人が武器を帯びているが、鎧を身につけていない。
後衛の三人も、ほとんど平服で、どこか近場で打合せでもしていて、そのまま駆けつけた様だった。
サンサネラさえ弾き飛ばすブラントにかかれば、どれもこれも紙切れと大差あるまい。
しかし、先ほどからブラントの真意が見えずにいるので、あるいはこれで見えてくるものもあるかもしれない。
「牽制をしながら、あまり前に出ないでね。魔法使いの子は、出し惜しみせずに魔法を使って!」
僕の言葉に彼らは小気味よく応え、早速火炎球が飛んだ。
先ほど、ボルトが用いた強酸の魔法に比べれば児戯の様な威力だがブラントは丁寧に腕で受けて見せる。
焼けただれた腕に気をよくした魔法使いは次弾の準備に入っていた。
体を構成する物質が燃え、僅かでも効果があるのは間違いない。程度の程は悲しいものだが、邪魔にならないなら大いにやって貰えばいい。
と、ブラントの触手が高く掲げられて六人組に降り注ぐ。
僕は慌てて魔力を練ると、触手を半ばから切断した。
ズルリ、と音を立てて落ちる触手は勢いのまま前衛の三人にぶつかり、ダメージを与える。
だけど威力は大幅に減じている為、隊列は乱れても死人は出ていない。
その隙に神霊が宿った死体たちがブラントを暴風の様に斬りつけるが、ブラントは雨風に打たれている程度にしかそれらに注意を払っていないらしい。
ほんの前髪を上げるような気安さで一体を掴むと、拡大した掌が神霊ごと死体を飲み込んでしまったではないか。
と、その上半身に数本の矢が突き刺さった。
いや、刺さったというよりは受け止めたといった方がいいかもしれない。外れる筈の矢さえも体を変形させて受け止めにいったのだ。
「怪物め!」
駆けてきたのはロバートが組織した軍隊の兵士たちだった。
一個班が五人といっていたので三班分だろうか。
鎧を着て短弓を手にぞろぞろと駆け寄って来ていた。
おそらく、先ほどの冒険者パーティとこの兵士たちを合わせたって僕の呼び出した神霊一体に歯が立たない。
その神霊の、最後の一体を軽く屠って、ブラントは兵士たちに語りかける。
「弓矢はやめたまえ。私に当たるのならよいが、余所に飛んでいくと危ない」
しかし、戦闘中に相手が止めてくれということを止める者はいないのだ。
兵士たちは矢筒から次の矢を取り出して弓につがえ出す。
瞬間、兵士たちの胸には投げ返された矢が突き刺さっていた。
半数は悲鳴をあげ、残りの半数はなにも言わずに地面へと崩れ落ちる。
「ほら、矢が刺さると大変に危険だ」
諧謔味を湛えた表情でブラントは笑い、その頭部は『雷光矢』で消し飛んだ。
細切れにしても死なないのだから、頭部に拘ったところで意義は薄いだろう。それでも、効きそうな場所を狙いたい。
案の定、ブラントの頭部は一呼吸の間に復元され、元の薄笑いが戻った。
そこへ、濃酸の雲が絡みつき、再び徹底的に洗い尽くす。
「こりゃダメだ。もっと強力な……グランビルとかいないのか?」
ボルトが大声で喚くのだが、グランビルが全力で暴れればそれはそれで都市の危機となる。
「要は外さなきゃいいんだろ?」
倒れた兵士の傍らから槍を拾い上げたサンサネラは、それを手で弄ぶと、振りかぶってから投擲した。
上級冒険者のサンサネラが全力で放った槍は、空気を裂いて飛び、ブラントの胸に深々と突き刺さる。
槍自身がその威力に耐えられなかったのか、柄が半ばから折れていた。
「ふふ、そのとおりだよ」
衝撃で上半身が揺らいだブラントは、応えるようにサンサネラへ向けて指を伸ばした。
見習い冒険者たちに向けるのとは全く違う、神速の突き。
ほんの瞬きの間で到達した攻撃はしかし、サンサネラによって切り落とされていた。
「懐が深いからこちらから行くのは億劫だねぇ。アッシの武器は寸も短いし、こういうバケモノと戦うには向いていないのさぁ」
ルビーリーのナイフを構えたまま、サンサネラがぼやく。
と、さらに数名の人影が飛び出てきた。
「私たちも戦います!」
また、浅瀬の冒険者たちだ。
僧侶の少女はステアが手放した『荒野の家教会』の杖を握っており、ほかの面々も決死の覚悟を表情に浮かべている。
もっと腕利きの者が加勢に来て欲しいと思うものの、この都市に上級冒険者など本当にわずかしかいない。
それに比べれば新人や初心者の域を出ない者は大量におり、順応に応じて急速に減っていくのだ。
そういった意味で、都市内で突発的に現れた怪物に新人の方が多く遭遇するのは当然であるのかもしれない。
「よし、君たちは倒れた兵隊さんたちを助けて!」
やけ気味に僕も怒鳴った。
そうこうしている間にも、新たな兵士たちが駆けつけ、冒険者らしき者たちが顔をのぞかせる。
状況はどんどん変化して行っているが、それがいいやら悪いやら。
迷宮であれば起こりえない事態に僕は思考がこんがらがるのを感じていた。
中級の攻撃魔法が飛び、大剣を帯びた剣士が武器を掴んでブラントへと飛びかかる。今度の連中は少し強い。
迷宮で行けば五階くらいは踏破していそうだ。
「怪物退治とは、これはいい土産話だ!」
建物の屋根上から楽しそうな声が響き、視線をやると西方領の老将軍が長柄斧を肩に担いで立っていた。
と、ブラントの顔から表情が消える。
「将軍、これは奇遇ですね。この間の一別以来だ」
ブラントは地上の連中から受ける攻撃を片手間に捌き、あるいは受け、あるいは返しながら老将軍を睨んでいた。
「おう、この間は殺し損ねたが、今度はきっちりと殺してやろう」
老将軍が斧を掲げた瞬間、ブラントの背中に無数の矢が突き立つ。
通りの遙か向こうに、弩を構えた十数名の兵士たちがいた。
北方の難民で構成される新兵たちではない。
老将軍や西方領主が鍛え上げた精鋭たちなのだろう。
冒険者でさえ浮き足だつ様な理外の状況を前にしても冷静に全矢を命中させ、次弾の装填作業をしていた。
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