第578話 萌芽
人混みが流れ出すように減っていき、中央にブラントと僕が取り残された。
『荒神の下僕たちよ!』
僕が呼び出したのは、三体の死体である。
しかし、死霊術ではない。
ある程度以上、順応が進んだ慣れ果ての死体にのみ乗り移る神霊の類だ。
恐れを知らず、戦闘以外を求めない。場合によっては使いやすい秘術であった。
彼らは即座にブラントを攻撃対象とあたりをつけ、跳躍する。
ブラントは片手を上げるとその内の一体を打ち砕いた。
同時に他の二体が斬りつけるのだが、それを気にも留めないようにブラントの視線は僕を見つめている。
おそらく、いつでも殺せるという意思表示だ。
確かにこの手の召喚獣は前衛として攻撃役は務めても、後衛を守ろうとする意志に欠けている。せいぜいが敵の矛先がそちらに向く可能性が増えるのみだ。
手足の伸びる今のブラントであれば、いや、以前のブラントであろうともこの程度の距離はあってないようなものだろう。
と、小さな木箱が飛んできてブラントの後頭部へ直撃した。
バラバラと崩れる箱から果物が地面に落ちる。
「ああ、代金は払えよ!」
「んなぁ、あの人がきっと支払うはずさ」
遠くで怒鳴っているのは魔法使いのボルトだ。
その横で、木箱を投擲したと思われる大きな黒い影が舌なめずりをしながら笑っている。
「サンサネラ!」
思わず、僕は彼の名前を呼んでいた。
「や、アナンシさん。揉めるなら呼べばいいのに。水くさい」
駆けてきたサンサネラは武器を構えながら笑う。
まったく、欠片も疑う必要のない僕の仲間だ。
その背中に、実力的には比肩しうる筈のないノラやグランビルよりも強い安心感を得る。
「まったく、なんだよ。御頭も、しっかりと支払いを頼むぜ。それよりアレはなにさ。潰れて腐った果物の亡霊?」
ボルトも小走りで近づいてきて、魔力を練る。
ボルトの視線の先に、ブラントの頭部が潰れた果物でひどく汚れていた。サンサネラが投げた木箱には熟れた果物が入っていたのだ。
この二人はコルネリの感知に引っかからなかったので、どこか近隣の建物に入っていたのだろう。そうして、ボルトはともかくとしてサンサネラは僕を助けに駆けつけてくれたのである。
「だとしたら、果物屋として立場がないし、洗ってやるよ!」
ボルトは指輪をガチガチと鳴らしながら魔法を唱える。
と、藍色の雲が発生しブラントを包んだ。
バチバチと禍々しい音を立てて、異臭が鼻を刺す。
おそらく酸の魔法だろう。
雲が消滅したとき、そこには焼け爛れたブラントが立っていた。
だがそのダメージも一呼吸の後に元通り復元される。
「うげ、ブラントじゃん。アイツさっき死んだよな?」
滑らかに次の魔法を繰りながら、ボルトは僕の方に視線を向けた。
だけど僕だってよくわからないのだから訊ねられても困るのだ。
「とりあえず、彼を討伐しますのでボルトさんも協力してください!」
いまのところ、ブラントはそれほど攻撃的ではないがそれも先のことはどう変化していくのか判らない。
なにせブラントは王国内に混乱をまき散らした混沌の魔人だ。
「おや、ボルト君か。それにサンサネラ君。なかなか強力な者がすぐに駆けつけてくれる。君も人徳を得たものだ」
長く延び、鞭の様にしなった腕が二体の死体を薙ぎ払いながら僕たちに迫る。
「こりゃ、参ったねぇ」
言いながら短剣とナイフを構えるサンサネラは、巨大な鞭の一撃を受け流し、上空へと弾き上げた。
もはやブラントから伸ばされた触手といっていい腕は、数棟の家屋に損傷を与えながら振り抜かれたあと、縮んでブラントの体へと戻っていく。
しかし、それを為したサンサネラは衝撃で派手に跳ね飛び、地面を転がる。
ブラントの一撃には重い威力が込められていたのだろう。サンサネラの片腕が千切れかけ、右膝があらぬ方を向いていた。
『傷よ癒えよ!』
攻撃に用いる積もりだった魔力を転用し、すぐさま回復魔法を唱えると、サンサネラの怪我が回復していく。
「こういっちゃなんだが、アイツなんだか強いぞ!」
起きあがったサンサネラが落としていた武器を拾ってボヤく。
見た目の印象と、サンサネラからすればさほど速くない動き。そうして、僕が観測する限りでもそれほど危険だとは断じづらい魔力の保有量。
特に魔力量は北方で対峙した禍々しき不定形の魔獣とは比較にもならなかった。
危険だし油断は出来ないが、倒せるだろう。
僕も、おそらくボルトも、オルオンもノラも、サンサネラだって思っていたはずだ。ブラントを倒すのに神の奇跡など必要ではないと。
だけど、力の行使者がブラントだという時点で話が変わってくることに今更ながら向き合っていた。
彼は、総合的な力に於いてはこの都市の誰一人として敵わないところに立っていたのだ。
ガルダだってグランビルだって、ノラや領主すらも手玉に取って飄々と我が道を行き、実際に王の首まであと僅かまで迫った。
あるいはパラゴが突発的な行動を取らなければブラントは王を殺し、その後には西方領主と向き合っていたのかもしれない。
その武器の一片として、強者でありながら見くびられやすい丁寧な物腰というものがあった。
敵はブラントである。その事実だけで奇妙な実験の産物であろうが、見るに耐えないほど情けない姿を晒していようが、力の出し惜しみなど出来る相手ではないとすぐに気づくべきであった。
「教授騎士の先生方、助太刀します!」
今度は誰だと声のした方を見れば、全く見覚えのない連中が数人駆け寄ってきていた。
冒険者六人組の、おそらくパーティだ。
魔力の大きさを見れば、地下二階程度の実力をもっていることが判る。
不死の魔物を殺す方法も持たない彼らは緊張した面もちで前衛、後衛に別れてブラントを睨みつけていた。
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