第576話 歪な連中

「なるほど、西方領主の一人勝ちか……」


 説明を聞いたブラントは髭を撫でながら呟いた。

 

「私の、人生を懸けた企みは水泡に帰してしまったワケだが、国王を引きずり下ろせた事には違いないのだから満足しておこうか」


 もはや反乱の失敗自体はブラントの生存中から確定的だったらしく、それほど悔しそうでもない。

 僕は距離を取りながら魔力を練る。

 話が終わったのだから、次は攻撃の再開である。

 グランビルの後ろで、目を細めたノラがブラントを見つめていた。

 

「ああ、なんとも言えない気分だね。死んで、蘇れば妙な体になっている。これも慣れれば楽しかろうが」


 ブラントは僕に人差し指を立ててみせる。

 と、その指はゆっくりと伸び始め、肩幅ほどの長さで止まった。


「うん、解ってきたよ。さてグランビル、ノラ君。お待たせしたね」


 長く伸びた指はいつの間にか拳ごと硬質化し、変形しており、手首から細剣が生えている様に見えた。

 ブラントは命乞いなどしない。それを僕たちは知っている。

 僕たちはブラントを殺さなければならない。それをブラントも知っていた。

 真っ先に飛び出したのはノラで、ブラントの迎撃を掻い潜った刀身は対象物の腹を深々と薙いだ。

 細切れにしても死なない怪物に、刀の斬撃は効果が薄いと思ったが、ブラントは驚いたように自らの腹を見ていた。

 先ほどまで即座に埋まった傷口が塞がらず、逆に切り口からボロボロと崩れ始めている。

 その隙を逃さず、グランビルも追撃を仕掛けた。

 黒剣を豪快に振り、身を捩ってかわしたブラントの左肩から先を弾き飛ばす。

 これも通常の攻撃では無かったらしく、飛んでいった左腕は中空で強烈な炎に包まれて地面に落ちるまでには跡形も無くなっていた。

 ブラントは大きくさがって距離を取ると、苦笑を浮かべる。


「やれやれ、君たちはどちらか一人でも厄介なのに二人がかりとはね。少しだけ、心がくじけそうだよ」


 言いながら、右腕を小さな刃物に変形させたブラントは、崩壊が広まりつつある腹部を広く切り落とした。

 それで傷口は塞がり、左腕もすぐに元通りになったが、魔力感知に長けた僕には解る。

 ブラントが内包する魔力量は目減りしていた。

 迷宮は深層部に進めば進むほど、死から大きく離れた存在たちが闊歩する。

 だが、不死性の怪物であろうとも自らを上回る存在に遭遇すれば、そうして食われてしまえば死ぬのだ。

 最強の教授騎士であるグランビルと、現役冒険者としては単独潜行の深度が群を抜く復讐鬼のノラはそれぞれ、不死身の怪物との戦い方を編み出していたのだろう。

 

『雷光矢!』


 僕の魔法がブラントの胸に大穴を開ける。

 これだってウル師匠が編み出した対不死の魔法である。

 ブラントが原因不明の不可思議に突き動かされて生き返ったのだとして、こちらはそれを上回る力で再び死へと追い落とさなければならないのだ。

 正直に言えば、僕はブラントに対して恩がある。

 それが彼なりの洗脳手法だったのだとして、大いに助けられたのは事実だし、彼がいなければ僕はいくつかの危機を乗り越えられなかったかも知れない。

 しかし、同時にブラントは看過できない災厄をもたらし、大勢の人を死に追いやった。

 反乱など起こさなければ僕も北方領へは行かなかったし、ゼムリやクロアートが死ぬ事もなかった筈だ。

 今も彼の存在が僕たちや、あるいは東方領の立場を危うくする。

 人は必ず死ぬものであるとして、彼の行動に起因した死者のことで責めるつもりはないが、まだ生きている人々が彼の為に脅かされるのであれば、これは絶対に見過ごせない。

 その人々の中には、僕の大事な人たちも大勢含まれているのだ。

 

「ああ、君も強くなったものだよ」


 ブラントは胸に空いた穴を撫でながら僕を見つめた。

 その表情がどこか誇らしげに見えたのは僕の気のせいだったろうか。


「ウルも、ナフロイも、その他の親しい友人たちももはや地上にはいない。迷宮に呑まれたか、そうでなければ死んだのだ」


 視線が迷宮の方角へ向けられ、眩しそうに目が細められる。

 

『踊り、歌え。子供たち!』


 オルオンがいくつかの小瓶を投げ捨てると、地面にぶつかって割れた中から小さな妖精たちが現れた。

 一見するとそれはオルオンの離れで見た妖精たちだったが、どれもこれも頭部がカマキリの様に変形していた。

 金属がこすり合わされる様な音を発しながら数体の妖精はブラントに群がる。

 高速で飛来した妖精の顎に体を食い破られながら、ブラントは変形させた両腕でノラとグランビルの斬撃を同時に受けていた。

 妖精の発するものに数倍する金属の軋みが聞こえてくる。

 次いで、勢いに押し負けたブラントの膝が嫌な音を立ててあらぬ方向へ向いた。

 

「ああ、これはいけないね」


 上体が崩れたことで二人の攻撃から逃れたブラントは転がりながら足を再生し、屋敷の屋根へと駆け上った。

 同時に、纏わり付く妖精を始末したらしく、首を捻り折られた死体がパラパラと降ってくる。

 

「待て、グランビル!」


 オルオンが怒鳴り、剣を振りかぶっていたグランビルは身を固めた。

 

「この街を壊すのはマズい。それはやめておけ」


 どうやら鎧の中で快感を感じているらしいグランビルはあられもない声を上げて鎧を鳴動させると、止まってしまった。

 となると、後衛系の僕とオルオンに屋根の上へ素早く登る術がない。

 などと考えている間に、屋根を駆け上ったノラがブラントと切り結ぶのだった。

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