第565話 夢の館
案内されたのは郊外の大きな屋敷だった。
広い庭があり、本宅の他に宿舎が建っている。ブラント邸にあった暗闇小屋などの訓練施設はなく、広い庭がある。
しかし、オルオン邸の肝は宿舎に負けない大きさの建物がもう一つ建てられて居ることだ。
人の身長よりもずっと高い鉄柵に囲まれた真っ黒い建物の周りには屈強な番人が三人、眼を光らせていた。
「柵の向こうにはカロンロッサに仕掛けて貰った罠もあるから気をつけろよ。下手な泥棒が死ぬと面倒くさいから番人を置いてるんだけど、まあ、別に隠す程のものはないんだ。悪戯されて設備を壊されると修理が面倒だから一応な」
へっへ、と笑いながらオルオンは扉へ歩くが、番人たちはさっと道を開ける。その表情は恐ろしい怪物が側を歩いているかの様に、ゆがめられていた。
何げない仕草で開けた扉の向こうには、二重扉が設けられ魔力を用いた封呪がなされていた。
内扉が開けられ、オルオンに続いて僕とボルト、最後にグランビルが立ち入ると。
「うう……コイツは」
ボルトが呻く。
入ってすぐの広間には目隠しをされ、両腕を背後で縛られた男女が裸でひざまずいていた。各々の耳には耳栓が突っ込まれ、口には轡を噛まされている。
一目見て、尋常の事態でないことはわかるが家主のオルオンにその自覚はないらしく、足も止めず進んでいく。グランビルは諦めた様な表情で黙り込んでいた。
仕方がないので僕とボルトも彼らについて進む。
「なんとなくついて来たけど、俺もう帰っていいかな?」
ボルトが面倒くさそうに呟いてこちらを見るので、僕は首を振って却下した。
ほとんど話した事もないが、この男を失ってはいけない気が、ヒシヒシと湧いてくる。
「そういや、御頭。アンタ、俺がやった軟生物を使ったんだってね。まだ必要ならあげようか?」
ふと、思い出したのかオルオンが無造作に脇の扉を開けた。
そこは淡い光に照らされた部屋であったが、棚には透明な瓶が無数に並べられており、中に色とりどりの液体が詰められていた。
「ええと、こっちが……蒸留酒か。こっちが、燃油。これが……鯨油だな。あれ、どこだっけ?」
顎を掻くのだが、そう乱雑に管理して置くものでもあるまい。
「あの、オルオンさん。あの魔物は別に要りませんのでもう、いいですよ」
他の方法がなかったとはいえ、この男から貰った粘性の魔獣のせいで酷い目にあったのだ。仲間も死んだ。
「そうか? オモチャとしてはなかなかいい出来だと思うんだがな。迷宮の奥深くで無数の悪魔から逃げるときなんか、まあ便利だし」
迷宮なら確かに、利用法もあるかも知れないが、やめておこう。
次に使えば地上の人類が滅ぶかもしれない。
「あの、そんなことよりもブラントさんを」
「ああ、そうだな。余計な話は置いておこう」
オルオンはそういって別の扉を開ける。
再びボルトが呻いたが、今度は言葉も出なかった。僕も息を飲んでしまう。
大きな台の上に男が寝かされていたが、その右腕が根本から馬の足につけ変わっていたのだ。
さらに、左足は膝から下が芋虫の胴体に。腹部には眼球が七個、埋め込まれて周囲を見回していた。
何より、男の頭部には肌の色からして首から下の者とは全く違う人種の首がつながっているではないか。他人の体と頭部をすげ替えたのだ。
それでも男は生きていて、口に管を入れられたまま目を見開いていた。
「オルオンさん、これは……」
流石にこれは看過出来ない。
僕は眼前の禍々しい出来事について勇気を出して問いただす。
「コイツはブラントじゃないよ。何だったか、そうそう。領主府で処刑する予定の罪人を貰ったんだ。俺だって教え子が領主府にいるから、そういう段取りをしてくれることもある。ちょっと前に砂漠の民を処刑するっていうから、貰いに行って別の男とくっつけてみた。実験は上手く行ったから、今は体の部分ごとに別の生き物へ置き換える作業をしている。足に芋虫をくっつけるのが、実は首を換えるより難しいんだぜ」
楽しそうに説明する様子から、後ろめたい気持ちはまるでないのだろう。
「ただし、バランスが悪い。延々、口から高濃度の栄養剤を送り込んでやらんと内臓が自己消化を始めて死んでしまうんだ。これも要研究だな」
はっはっは、と笑うオルオンの声が室内に響く。
僕にそれ以上、何か言うことは出来なかった。
その部屋の奥の扉を開けると、今度の部屋は複数の円筒形ガラス管が壁一面にしつらえられていた。
それぞれのガラス管の中に、ボンヤリと浮かんでいるのは毛の無い動物。いや、違う。
「人造人間ってやつだが、なかなか上手くはいかない。そもそも狙ったとおりに生命が始まらないし、生まれてもすぐ死ぬんだ。たった一回の成功例もグランビルと戦ったときに死んでしまった。生物の改修は基本を押さえりゃ、再現性も高いんだが、新規の生命創造となると、なかなかね。我々は誰もが尊い奇跡の上に存在している事を思い知らされるよ」
見てはいけないものが立てかけてあるようで、僕はそちらから目を逸らした。
その部屋のさらに奥へ横開きの金属扉があり、開けると窓も無いのに煌々と照らされた部屋で四人の人間が机に向かい何事か作業をしていた。全員が全身を覆う服を着込み、顔面に透明な仮面を被っている。
一人がオルオンに気づいて、慌てて声を挙げた。
「ダメですよ、先生。着替えてマスクを着けてください!」
仮面のせいで酷くくぐもった声だが女性だ。
他の連中も顔を上げてこちらを見る。彼らの視線はいずれも場違いを指摘していたが、場違いなら場違いでいっそのこと退場させられてしまいたかった。
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