第564話 飲み込めないこと
ディドとカロンロッサは浜小屋連合の残党を狩ってくるというので別れ、ひどく疲れた様子のヒリンクには帰宅しての休養を勧めた。
なにも、無理を押すほど焦る必要などないのだ。
ヒリンクがよたよたと歩き去り、残されたのは僕のほかにボルト、オルオン、グランビルになった。
図らずも教授騎士の魔法使い三人組が揃っているのだ。
もともと郊外まで歩いてきたので、取り囲むゴロツキたちが逃げてしまった今では、先ほどまでの喧騒が嘘のように静かになってしまっている。
急いで帰る理由がないとはいえ、解散をしない理由もない。
ここからは迷宮に向かうか、都市に戻るかである。
気持ち的には、少し迷宮を歩いてから家に帰りたかったのだけど、オルオンが両手をパチンと叩いたことで機先を制されてしまった。
「そうだ、そうだった。御頭、さっき言いかけた事だけどさ」
言いかけた?
少しだけ考えて、それがエランジェスの私室におけることだと思いいたる。
確かにオルオンは何事か言おうと手を叩いたものの、タイミング悪く他の教授騎士たちが訪れたので会話が流れていたのだ。
しかし、次の言葉を待っても沈黙が流れるばかりだ。どうもオルオンは言葉を選んでいるらしい。やがて、ようやく言葉を決めたようで口を開いた。
「ブラントだよ。アンタ、ブラントの配下だったよね」
配下、と言われると語弊はある。
僕はかつて、教授騎士制度的に彼の弟子であった。状況の流れから半ば無理やりにそうさせられたのだけれど、個人的な師は『賢者』のウルエリである。
教授騎士という非常に乾燥的な、個人の情など必要としない関係性でありながら、卒業後もブラントの助手などやっていたので、まあ配下に見えるのかもしれないが、僕がブラントを上司として仰いだことは一度もない。
だが、この場でそんなことを言ってもしようがなかろう。
「まあ、系列的にはそうなりますね」
「そうそう。それでブラントの征伐に俺が行ったのは知っているだろう?」
奇妙な怪人であったブラントには、反乱の首謀者としてなどではなく、資産家がごく個人的な理由から賞金を懸け、それを狙ったオルオンとグランビルの二人組に討ち取られたのだと聞いていた。懸賞金を出した元資産家のパラゴとロバートから別々に。
パラゴはその行動をまだ後悔しているし、まったく消化できていないらしく、酒場で話を聞いた時には涙ぐんでいた。
曰く、懸賞金を出したのは完全に勢いだったのだそうだ。
ちなみに、本当に金がないらしくいつもは完全に割り勘で支払うところを、その晩の彼は理不尽な論法で食事代を僕に出させたのだった。
しかし、完全な利己主義者や非情になりきれないからこそパラゴと僕は今も友人同士なのだし、支払いを持たされた時はかなり抵抗があったが、食事代を奢らされたことも、それ自体はまだ僕も消化できていないけどいつか笑って許せるようにはなると思う。
一方、ロバートは淡々としたものでブラントの死と、それを誰が為したか。会話の途中に差し挟んだだけだった。
「で、領主府に首検分というか、ブラントの首を持って行ったんだ。それで賞金は貰ったんだが、死体の方は欲しいなら持って帰ってもいいというからさ、それも貰っちゃったんだ」
ははは、と笑いながらオルオンは話すのであるが、この男は一体なにを言っているのだろうか。
「え、でもそういうのって普通は見せしめとかにするんじゃねえの?」
横で聞いていたボルトが口を挟む。
確かに、政治的反逆者など一族を纏めて斬首にしたうえ、道路沿いに首を並べるのが普通だと聞いたこともある。
「まあ、あくまでも個人的な不義理での討伐だったからよかったんじゃないのか?」
オルオンも適当に答えた。
おそらく、ロバートの総合的な判断なのだろう。
そもそも東方領は反乱軍を生んだ土地でありながら、反乱軍が出立した後は追って攻撃をするわけでも協力をするわけでもなく、無関係を貫いていた。
これは単純に、それどころではなかったというのが実情なのだとして、それにしても改めて反乱軍に対する態度を明確化するとなると、地元に残された家族や縁戚の扱いなども難しくなってくるのだ。
また、反乱軍に着いていった者たちの家族を罪に問わないにしても、結局は全滅したのだという事実を突きつけられて親が、子が、恋人や妻が愉快ではいられないだろう。
なにより掃討戦を生き残り、敗残兵として故郷に戻ってきた者が隠れ住んで、犯罪に手を染めるのが最も厄介だ。なにせ彼らは戦場で大勢人を殺してきているのだ。
だからロバートは反乱軍に対しては公の場において肯定的にも、否定的にも話したりしないのである。
遠くに行った者が遠くで何をしているかは知らぬ。その態度を徹底しているのだ。
同時に、ブラントの死体を聖遺物代わりにして再度反乱を企もうとする者がいれば、それはそれで纏めて叩き潰しやすくていい。くらいにも考えていたかもしれない。
おかげで、パラゴの住む小さな借家に同居しているというマーロとその父親も表立って石など投げられることなく過ごしていられるのだという。
戦役で親しい者を亡くした人の中には石や火を投げたい者もいるのだろうが、それでも領主府が一切、その理由を出していない。許容をする気配も見せない。
ただ日々の生活を都市全体で縫い合わせながら、皆が生きている。
そうして黙っているうちに、皆がどこかで落としどころを見つけるのを待っているのかもしれない。
「それで、死体ってどうしたんですか?」
家畜に豚や鶏などを飼っていれば、餌のかさましも出来ようが、目の前に立っているのは『学者』のオルオンである。
頭に虫を飼い、丹精込めて育てた自らの分身さえも死んでしまえば一顧だにせず投げ捨てる。教授騎士の中にあっても際立った特異な人間性を有する奇人である。
当たり前の回答などあるわけがない。
そう身構えた僕の横を、彼の言葉が通り過ぎて行った。
「順応の進んだ死体なんて、そうそう手に入るものじゃないからさ、実験に使ったんだ。一応、肉体的には蘇生したんだけど御頭、見に来るかい?」
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