第559話 小競り合い

「ブラントも、惜しいヤツだった」


 オルオンが手近な椅子に腰を下ろして呟く。


「そうか? 妙に使いづらい、嫌なヤツだったろう」


 エランジェスは机に寄り掛かって返した。


「ふむ、それは多分、立場の違いだろうね。支配者たらんとする者には目障りな面もあろうが、いっそのこと進んで雑用をやってくれる物好きな男だと思うのなら、几帳面だし手順は間違えないし、便利な男だった」


 そこまで言って、オルオンは何事か思い出したように両手を叩いた。

 が、浮かべた言葉を吐くよりも早く、扉が開けられる。

 見ると、教授騎士のボルトが室内を覗いていた。


「会合場所はここでいいんだよな?」


 僕と同じ職能の魔法使いで、人数の関係から教授騎士同士の殺し合いには参加を避けた男だが、当然に油断の出来ない曲者である。

 僕は彼の魔法を見たことはないが、またの名を『煙のボルト』とも呼ばれている。

 

「うん、間違っていないとも。さあ、入りなさい」


 まるで部屋の主の様に両手を合わせたままのオルオンが引き入れる。

 ボルトは室内を見回すと、死体を見つめて眉間に皺を寄せた。


「もっとさ、死体が転がっていない部屋で集まれないかね。ていうか、御頭が御頭になって集まるのも初めてだね」


 気さくな青年、という物腰でボルトがボヤく。

 しかし、左手の各指に通している指輪も、腕輪も魔力のこもった一級品である。さらにいえば袖から覗く紋様は一種の魔法陣であった。

 前回のグランビルに機先を制された反省だろうか。いつでも爆発出来るように準備はできている様だ。

 

「で、あと来てないのは……」


 ガンッと激しい音を立てて扉が蹴り破られ、入ってきたのは目を血走らせたディドだった。


「エランジェス、見ぃっけ。滅茶苦茶、探しちゃったぞ、バカヤロウ!」


 強引に浮かべた笑みを青筋が彩っている。


「エランジェスくん、あ~そ~ぼ!」


 ディドに続いて禍々しい笑みのカロンロッサも入ってくる。これで全員が揃った。

 しかし、エランジェスは向けられた凶相も意に介さず、顎に手を宛てて考えている。と、閃いた様に頷く。


「ああ、うちの配下を大勢殺して回っている奴って、オマエか。なんの恨みか知らんが、よかったな」


 エランジェスの他人事の様なねぎらいに、ディドの理性が切れる音がした。

 しかし、同時にオルオンの言葉も発せられた。


「グランビル、止めなさい」


 それだけで、うずくまっていたグランビルは黒剣を引き抜き、唸りを挙げて飛んだ手斧を叩き落とした。

 

「邪魔すんじゃねえよ!」


 無理な動きで体勢を崩したグランビルを蹴りとばし、ディドがエランジェスに迫る。

 この男に掛かれば、エランジェスを殺すのになにを用いるかなど重要ではない。勢いと目つきだけで人を殺せそうなディドの突進はしかし、指一本分の手前でグランビルに止められていた。

 グランビルが延ばした手は、ディドの腰をガッシリと掴んでいる。

 衣服ではない。それなら、たとえベルトでも引きちぎってディドは進んでいただろう。

 しかし、腰から血を滲ませながらディドもさすがに止まらざるをえなかった。


「テ……テメェ!」


「落ち着け、バカモノ」


 左手で口の吐瀉物を拭いながら、グランビルは険しい表情を浮かべている。

 あるいは快楽にあらがっているのかもしれない、その右腕はディドの皮膚や筋肉を突き破り、腰骨を直接握り込んでいたのだ。


「あれ。もう一回みんなで殺し合い、やる?」


 どこか楽しそうに訊ねるカロンロッサの手には、明らかに尋常じゃない魔力を秘めた箱が二つ、握られていた。


「待って、待って。殺し合いはしません!」


 ほんの短い間に展開された揉め事に、僕はようやく口を挟んだ。

 

「グランビルさんはディドさんを放して! カロンロッサさんはそれ、戻してください!」


 グランビルが無造作に手を引き抜くと、僕は呻いて倒れるディドに回復魔法を掛ける。

 グランビルの制止は相当に痛かったらしく、ディドほどの男でも全身に汗を噴き出していた。怪我が治っても、荒い息が室内に響く。


「ガルダの会長さん、アンタの部下はおもしろいな」


 ニヤニヤと笑うエランジェスが呟く。

 

「調子に乗ったら、ダメよ。クソヤロウ」


 いつの間にか側に来ていたカロンロッサがエランジェスに何かを押しつけた。

 左手でそれを受け取ったエランジェスの掌の中で魔力が開いた。

 と、見る間に数匹の芋虫がエランジェスの左腕を食い破りながら登り始めた。

 が、肘を登ったあたりで腕を食いちぎってしまい、骨と共に床へ落ちる。

 芋虫たちは落ちた骨を齧り、降り注ぐ血を舐め、共食いをしたあとに魔力の枯渇により、みんな死んでしまった。


「ちょっとは痛そうな表情をしたら?」


 カロンロッサの言うとおり、エランジェスは笑みこそ引っ込んだものの特に苦しそうな顔をすることはなかった。

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