第557話 掌握

 迷宮から出ると、外は真夜中をずいぶんと過ぎた時間帯だった。

 もうしばらくで夜も終わり、やがて太陽が顔を覗かせるだろう。

 いくら時間を気にしない冒険者稼業といえ、わざわざ好き好んでこんな時間に迷宮までやってくる冒険者はいない。ので、迷宮の出入り口を取り囲む十名ほどの男たちは冒険者ではないのだ。

 真っ暗な闇の中に暗い色の服を着た一党が、音もなく僕たちを取り囲んでいた。

 

「二日も待っていたならご苦労なことだ。ところで、どけよ。邪魔だから」


 ロバートは面倒臭そうに告げる。

 しかし、連中は全く道を譲らずにこちらを値踏みするように見回していた。


「失礼いたします。冒険者のア氏はおられますか。私どもの親方が……」


 年かさらしい男が話し始めた言葉は、喉を無造作に掴まれて止められた。

 喉を潰す腕の主は、もちろんロバートである。


「失礼だと自覚があるならいいんだ。オマエらの親方がどこのどなた様か興味はあるが、この都市にあって、俺に対して失礼をやれと命じたのなら俺は立場上そいつを処罰しなけりゃならん。一つ質問をするが、その失礼ってのは、命じられてやってるのか。それともオマエの判断か?」


 首を掴まれた男は一瞬で喉を潰されており、白目を剥きながら泡を吐いていた。

 と、まだ若い青年が進み出て地面に跪く。


「大変、申し訳ありません。御領主様のロバート閣下とお見受けいたします。今回の失態は私たちの一存でございます。なにとぞ寛大な御慈悲を……」


 その瞬間、ゴキンと音がして年かさの男は身を痙攣させた。


「ああ、そうか」


 ロバートから解放された男は地面にどさりと落ち、首をあらぬ方に向けている。

 どう見ても絶命している男に、一党の視線が集まる中、ロバートはその頭を踏み潰した。


「じゃあ、コイツだけでいいよ。本来なら、俺の行く手を塞いだオマエら全員死刑が妥当なところだが……いや、やはりダメだな。俺に敵対するということは東方領すべてを足蹴にするつもりだということだろう。ヒリンク、こいつらを全員斬れ」


 突然の命令にヒリンクは戸惑い、どうしていいものか僕を見てきた。

 おそらく、そういうところがダメなのである。

 行動が起こせないヒリンクに代わり、僕が何事か言うべきかと思ったところ、背後から声が響いた。


「おやめください、ロバートさん。ここが領主府で、あなたが謁見用の椅子に座しているのであれば、あるいは彼らの言動や態度から不敬は成り立つかもしれませんが、在野の暗闇で、それも彼らは異郷の者なのでしょう。顔も知らないアナタのことで、知らずに成した要件をもって命まで奪うというのは明らかにやりすぎです」


 ステアは歩き出て、頭を潰された死体の腕を胸の上に組むと、手早く祈りを捧げる。

 それでロバートは軽く笑って手を上げた。


「よし、わかった。坊さんにはかなわん。じゃあ残りの奴は罰金刑としよう。全員、日が明けたらすぐに金貨一枚ずつ持って領主府に出頭しろ。ついでに名簿の作成と事情の取り調べを行う」


 その視線は地面に両ひざをついた青年に向けられている。確かに申し渡された命令が、彼らを縛った。

 出頭すればいいが、しなければ探し出してでも首を斬る。そういう宣言であった。


「改めて言おうか。どけ」


 ロバートの言葉に、男たちは慌てて道を空ける。


「ジャンカ、帰るぞ」


「はーい!」


 ジャンカは呼びかけに明るく答え、ロバートとともに歩み去って行った。

 取り残された僕たちは、彼らの背中が見えなくなるまで沈黙をとおし、もういいだろうというころになってステアが口を開いた。

 

「こちらの方、もし埋葬されるのでしたら墓守もおりますので墓地まで運んでください」


「あ……はい」


 青年がおずおずと頷く。

 登場したときに吹かせていた不穏な大物風はすっかり消え去ったらしい。

 他の連中もすっかり戸惑いの表情を浮かべて言葉を交わしている。


「お顔が似てらっしゃるけど、お父様だったのですか?」


「ええ、親父でした」


 頭の無くなった死体に近づき、青年はサメザメと泣き始めた。

 荒っぽい雰囲気はあったが、彼にはいい父親だったのだろう。

 

「あの……」


 横手から声を掛けてきたのはヒリンクだった。


「俺はあの時、どうするべきだったんですか?」


 戸惑いの目つきで彼は尋ねる。

 しかし、それこそ彼がどうしたかったのかが重要なのであって、それは僕の知ったことではない。


「ロバートさんに従いたかったなら斬ればよかったし、嫌だったのなら、断ればよかったんですよ」


 現に、ステアはロバートの指令を無視して連中を救った。

 

「でも、あれくらいのことで地上の人間を斬るなんてそんな……」


 ヒリンクも殺害命令が不当だと思っていたらしい。

 だったら、なおのこと断るべきだったのだ。そのまま、立ち尽くしているのが一番悪い。


「いや、別に斬ってもよかったとは思いますよ。だって、ロバートさんはその理由を周囲に説明しているじゃないですか。それに従うのなら、斬って責任をすべてロバートさんに押し付ければよかったんです」


 それに、どうせ浜小屋連合の手先連中だ。いくら数が減ろうと僕が困ることはない。

 とはいえ、惨殺せよという命令でもなかったのだから、解釈を変えて全員に切り傷を少しずつつけて収める方法もあった。

 剣呑な提案に、ステアはこちらへ抗議の視線を送ってくるが、これもまた一つの現実である。

 

「それで、大勢でこんな場所まで押しかけた理由をとりあえず聞いておきましょうか」


 しかし、彼らの持ってきた用件は僕の予想を一歩も出ず、エランジェスからの呼び出しであった。

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