第556話 ツー、カー

 そもそも、教授騎士などなりたくてなったものではない。

 なんとなくズルズルとブラントに仕立て上げられたのだし、さらに教授騎士の首領となった事だってロバートの要請だ。

 

「オマエが教授騎士の半分を相手取って勝てるんなら、誰も文句言わないんだろうがな」


 ヘッヘッヘ、と発せられるロバートの笑いがヒリンクの表情を屈辱に歪ませていく。


「それは、僕にも出来なかった事ですよ!」


 僕は慌てて訂正した。

 確かに、僕の首領就任に際して六名の教授騎士が死亡したが、僕についた二人をグランビルが殺し、敵方の教授騎士をその時に殺されてしまったカッシアと、ヒリンクの師匠であるグリヨンが一人ずつ倒した。そうして、残りの二人はカロンロッサの罠で命を落としたのである。


「僕は教授騎士を誰も殺していません」


 これは揺るがない事実であって、なんの間違いもない。

 しかし、ロバートは言葉を続ける。


「だが、文句のあるやつも納得していないやつも黙らせた。力を見せつけて要求を通すというのは交渉の基本だ。ヒリンク、オマエが誰よりも強く、誰も要求を断れないのなら王様にだってなれるさ。しかし、教授騎士になれていないということは、つまり見せる力が足りていない。生真面目は悪い事じゃないが、表現が伴わないとなにも成せんぞ」


 言われてヒリンクは下唇を噛んだ。

 目は血走り、拳を硬く握っている。

 

「剣が速い。それはいい事だ。力が強い。非常に素晴らしい。体力もあって恐れを知らない。その上で目的を達せられない。そこまで行けば滑稽で結構な事だ。人にものを教える前に、自分に何が足りないかを考える必要があるな。こう考えてみろ。なぜ、俺は教授騎士の纏め役を有名な剣術家でもあったオマエの師匠に持って行かず、こっちの小僧に持って行ったと思う?」


 ロバートの問いに、勢い込んだヒリンクが鼻白む。


「そ、それは……領主様とこちらの先生が元々親しかったからで」


 躊躇いがちに出された回答に、ロバートはあっさりと頷いた。

 

「そうだよ。その通り、俺とコイツは浮かぶも沈むも一緒の一蓮托生だ」


 そこまで親密になった覚えは一つも無い。

 しかし、ロバートは僕の視線を気にせずに言葉を繋ぐ。


「だから当然、頼むならコイツだ。他は考えられない。じゃあ、逆になんでオマエは領主じゃないんだ?」


 投げかけられた問いは、あまりに唐突で思わずヒリンクは呻いた。

 そうして、ようやく言葉を探し当てた。


「お……俺が領主になる理由がない、から」


 その言葉は、逆説的にロバートの青い血を認めてしまっているのだろうか。

 だが、ロバートはつまらなそうに頭を掻いた。


「そんな理由は誰にだって無いし、誰にでもあるんだよ。俺は確かに西方領主ボーダン・ホリィユーズの孫だ。が、それがなんだ。とうに出奔した俺に、今更なんの関係がある? そもそも誰も俺を疑わなかった。極論を言えば、俺じゃ無くてもよかった。流れ者の役者でも、詐欺師でも、適当な理由をでっち上げてあの時にあの場所へ立って堂々と宣言できれば、誰でも領主になれた。ヒリンク、流れ者の詐欺師よりはいくらか上等な筈のオマエでも十分に資格はあっただろう。その師匠であり有名なグリヨンなら尚更だ。だが、そうはならなかったし、オマエたちは同じ場面が十回繰り返しても領主にはなれない。力の行使が下手くそだからだ」


 師ともどもに貶されたヒリンクが腹の底から喚く。


「俺は、夢に向かって技術を編んだ。一回一回が夢に繋がると思って、必死に剣を振った。そうして、迷宮で命を懸けながら必死に力を蓄えたんだ!」


 人の範疇を大きく超えた剣士の悲痛な声は壁に反響して迷宮の奥へと消えていった。


「だから、それが繋がらなくて、現状なんだろう。オマエについてジャンカは猛烈に伸びた。だから、人にものを教えるのは向いている。弟子を死なせてしまう俺には出来ないことだとも思う。指導という点で、教授騎士の首領になったこの小僧よりも優れているかもしれない。にも関わらず、オマエは教授騎士になれていない。その事をよく考えろ。もし、俺やこの小僧がどうしても教授騎士になりたかったとする。だが、社会がそれを許さない。その時はどうするとおもうね?」


 僕は教授騎士になどなりたくはなかった。今、こうしているのは本当に、偶然の結果である。

 だが、ロバートは続く回答を僕に促した。


「ええと、どうしてもなる必要があったのなら、勝手になります。誰にも認められなくても、看板をあげて生徒を募る……かな?」


 簡単な思考実験である。

 努力だけで辿り付けないのなら、先に名乗ってしまうのだ。

 もともと、他の教授騎士たちだって誰に認められてなったものでもないのだ。今だって、冒険者組合が認めないと言っても知らん顔で名乗ればいいじゃ無いか。

 そんな事を考える僕にロバートが笑って見せた。

 

「ほら、な。ヒリンク、オマエは地面が平らになるまで歩き出すのをやめておこうと言っているんだ。その考え自体は尊重するが、オマエより恵まれない生まれ育ちのそいつも、オマエより遙かに豊かな家に生まれた俺も、同じようにまずは行動するべきだと考えている。だから俺たちは生まれが違っても意見が合うし、こうやって連んでいるんだ」


 意見が合うかは強く疑問だし、仲良く付き合っているわけでもないので、全面的な肯定はできないが、確かにそんな面もある。


「だけど、そんなことをやれば冒険者組合が黙っていない!」


 ヒリンクは非常にまっとうな意見を述べるが、僕の心を代弁するようにロバートが口を開いた。


「その為の力だろ。黙らせろよ」


 その言葉に、ヒリンクは呻いて黙り込むのだった。

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