第554話 コンプレックス
ジャンカの曲剣は随分と滑らかに、速くなった。
僕が教えていた頃とは雲泥の差だ。
刃先が正確に巨人の腱や血管を切断していく。
炎を纏った巨人が体勢を崩したところで、ロバートの豪剣が叩き込まれ、鋼鉄の兜をかぶった巨大な戦士は絶命した。
地下十七階の通路では似たような巨人が七体。まだ、僕たちの前方を塞いでいた。
と、剣士が飛び出していって敵の一体を相手取る。流星の様に剣が振られ、巨人は血煙へと変わった。
一息に必殺の斬撃が九回叩き込まれる魔法の様な攻撃で、僕はかつてその遣い手を見たことがある。
ヒリンクという剣士はかつて教授騎士グリヨンの弟子にして、剣技の後継者だったのだ。
師であるグリヨンの死と前後してロバートに雇われ、ジャンカ専属の指導者の様な事をしているらしい。
ヒリンクのすさまじい斬撃で怯んだ残りの巨人たちは、僕の魔法で半数が致命傷を負った。即死をしなかった残りの巨人たちも次の一合で前衛の戦士たちによってうち倒され、戦闘は終了した。
「休憩しましょうか」
ステアが告げると、流石に息のあがった前衛組は反対もせずに腰を下ろした。
迷宮での立ち回りは、基本的にずっと変わらない。
最上は相手になにもさせないことである。
こんな階層の魔物が振り回せば素手でも人体は引きちぎれる。もはや当たり所など関係はない。
前衛の戦士たちは当然、それを心得ていて敵を幻惑する様な足取りや目線、わずかな動きで攻撃を空振らせ、あるいは魔力のこもった防具で受け流す技術に長けているが、そうであっても攻撃にさらされる前衛を務めるということは多大な体力の消耗を強いられるらしい。
毎度、そんな薄氷を渡りながら、それが当たり前のものとして順応を進めてきた戦士たちの呼吸はすぐに落ち着いていく。
「やはり、誰かもう一人連れてきた方がよかったのではないでしょうか」
ステアが隣で僕に問う。
今回のパーティはロバート、ジャンカ、ヒリンクの前衛と、僕、ステアの後衛で構成されており、全部で五人しかいないのだ。
あと一人をセオリー通り盗賊にするか、回復重視で僧侶にするか、あるいは攻撃の幅をもつ魔法使いにするか、なんなら前衛の交代要員に戦士をもう一人連れてくるか。
様々な考え方があるのだがロバートに却下されてしまったのだ。
その場にステアがいなければ回復役さえ連れずに出発していたことだろう。
「今回は遊びだから、適当でいいんだってさ」
僕の胸に止まる大コウモリのコルネリを撫でる。
コルネリはコルネリで、ここのところ順応が進み僕から離れて迷宮を飛び回ったりもしている。それもおそらく、深い層まで。
「適当っていうのは、考えなしとは違うぞ」
ロバートが自らの長剣を点検しながら口を挟む。
「万全の状況だけで訓練を重ねていくと、万全の状況が崩れた後なにをすべきかわからないこともある。だから、たまには最初から万全を崩して戦ってみるんだ」
可能な限り万全を確保し、そうしてこれを崩されないように腐心する僕としては、そういう試しに僕を巻き込まないで欲しいと思うばかりだ。
「ふぅ」
呼吸を整えるためか、大きく息を吐きながら立ち上がったのはジャンカだった。
「先生。僕、強くなったでしょ」
そう言って曲刀を振ってみせる。速く、滑らかな動きであるが、本質はそうではない。
「剣がものすごく正確になったね」
先ほどの戦闘でも、的確に相手の急所を切りつけて行動を制していた。
迷宮にあっては、武器を振るうのにまず技巧よりも勢いと腕力が重要なのだけど、腕力と勢いを備えた上で的確な判断力や技巧を備えればやはりそれは恐ろしい遣い手となる。
かつてのジャンカはそこまで高度な剣士ではなかったので、徹底して鍛錬を積んだのだ。
ジャンカはニッコリと笑って曲刀を鞘に納める。
「ヒリンクはロバートが選んだ剣術家だからね。強いし、教えもわかりやすいんだ」
誉められて、ヒリンクがペコリと頭をさげた。
ヒリンクはおそらく、僕やステアと同じ頃に迷宮へ立ち入りだした男である。
酒場や冒険者組合で何度か顔を見たことがあった。
もっとも、最初から教授騎士のグリヨンについて指導を受けていた彼の方が達人の認定を受けたのはずっと早かったはずだ。
「えと、ヒリンクさん。ちゃんと話すのは初めてですね」
僕は無難な挨拶と愛想笑いを投げかける。
「御高名と御活躍のお噂はかねがね伺っております」
ステアも併せて丁寧な挨拶をしたが、ヒリンクはひきつった表情でわずかに頷くだけだった。
「聞いた噂って、どんな噂でしょうか。一介の剣士に過ぎない俺なんかが話題に上ることがありますか?」
「いや、それは……」
僕は答えに窮した。
横をみればステアも同じように視線をそらしている。
彼のことは知っていたし、顔を見たこともあったけれど話に聞いたのは、グリヨン隊に生徒として所属していた時の活躍くらいで、彼がグリヨンの助手となってからはグリヨンの武名に隠れて噂さえも流れてこなかった。
「逆に、俺はお二人の事をよく知ってますよ。なんせ華々しい逸話をお持ちの生きた伝説だ。英雄シガーフル隊の正メンバーにして、ノラ隊のサブメンバー。『荒野の家教会』を割って出て自らの教団を立ち上げたステアさんですよね。こちらこそお噂はかねがね、耳に刻まれて忘れられないほどお聞きしていますよ」
ヒリンクは立ち上がってステアに作り笑いを向けた。
その目玉だけが動いて僕に向けられる。
「おっと、こちらはもっと凄い。『賢者』ウルエリの弟子にして元シガーフル隊のメンバー。『魔物使い』の異名を持ちながら自らの商会も持つ商人で現領主様就任の立役者。北方戦役の英雄で教授騎士の惣領である大魔法使いさんじゃないですか。どうも。無名の剣士ヒリンクです。よろしくお願いします。なんて言っても忘れられちゃうんでしょうけどね。どうせ」
僕たちも彼も、腕を誇る上級冒険者同士である。しかも職能が違うのだから、互いの腕を比べ合うことさえ出来ない。
にもかかわらず、彼はどこか投げやりにふて腐れたような挨拶をするのだった。
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