魔法使いの前日譚 番外編 第12話 巨人

 深夜に差し掛かり、保安官事務所には宿直を除いて誰もいなかったが、保安官が酒場から呼び戻されるまで時間は掛からなかった。

 慌てて執務室に入ってきた保安官はいかにも殴り合いが強そうな男で、整えられた口ひげで立場を顕示していた。

 その目は我が物顔で応接イスに座ったロバートと所在なげにうつむくホァンを撫でた後、部屋の隅を見て歪む。

 そこには牧場の用心棒が縛られ倒れており、いずれも賞金の掛かった連中だった。

 

「小僧、貴様はなにをやっているのかわかっているのか?」


 ロバートは懐から賞金稼ぎの免許証を出して見せつけると「仕事だよ」と返した。


「牧場には?」


 保安官が助手に尋ねると、既に知らせたという。


「後はいいから、さっさと行っちまえ。喧嘩として処理しておく」


「賞金首として処理して貰わないと困るんだよ。金がいるからな」


 ロバートの言葉に、保安官は懐の財布を投げつける。

 面倒を起こしたくないのだ。しかし。


「アンタに小遣いを貰う理由はない」


 財布はあっさりと投げ返された。

 と、扉が軋みながら押し開けられた。

 

「そうですぜ、保安官。少なくともどういうつもりなのかは確認しときたいでしょう?」


 苦笑しながらバンティングの秘書、ハノスが入ってくる。

 それを見て、保安官は諦めたように肩をすくめた。

 

「ハノスさん、俺が見ている前で殺しは困るよ。後が面倒だ」


「なに、心配しなくて大丈夫。保安官がこのことを忘れるくらいにはこちらもお支払いの用意がありますので」


 言われて保安官は助手を退室させる。

 

「それで?」


 真っ黒い情念を灯し、ハノスの目が光った。


「ああ、ハノスさん。昨日は泊めてくれてありがとう。助かったよ」


 対照的に朗らかに、ロバートは礼を伝える。

 

「オマエら、うちに仕事をしにきたんじゃないのか?」


「だから仕事をしたんだよ」


 ロバートは親指で背後の賞金首たちを示す。

 そのふてぶてしさに思わずハノスも苦笑する。

 

「俺はてっきり、オマエらがうちの仕事をしたいんだと思っていたが、うちで賞金稼ぎの仕事をしたいって意味だったんだな。勘違いしちまったよ」


 耐えきれないようにハノスの口からクツクツと笑いがこぼれるが、すぐに止んで下唇を噛んだ。


「だが、その時にこうも言ったよな。ここで暴れりゃ、ナイフの切れ味を教えることになるって!」


 鋭い踏み込み。神速の抜き打ち。瞬きの間にハノスの攻撃は行われた。

 ロバートは流石に言うだけはあるな、と思いながら顔を振って刃をかわす。

 避け損なった分、頬が深く裂け血を吹き出した。

 が、青い顔をしてナイフを落としたのはハノスの方だった。

 ブルブルと震えるハノスの下腹にはロバートの足が刺さっている。

 

「痛えな、この野郎」


 ロバートが文句を言いながら足を引き抜くとハノスはドウ、と崩れた。

 体格差、体勢、武器の種類などを考えて蹴ったのであって、刃をかすらせるつもりも無かった。


「今日は血を流してばかりだな。あちこち痛い」


 ロバートは床のナイフを拾うと、ハノスの利き腕に押し当て、スっと横へ引いた。

 

「まあ、切れ味もこんなもんかな」


 そうしてナイフをハノスの懐へ戻すと保安官に向き直った。


「保安官、はやく賞金の処理をしてくれよ。俺は待つことを苦にしないタチだが、友達の家へ遊びに来たわけでもない」


 利き腕の腱を斬られて床でうめくハノスと、縛られた用心棒たち。

 保安官はここにいたってようやくロバートが揉め事の種などではなく脅威なのだと気づく。

 あるいはこの一帯でもっとも危険な存在はバンティング牧場に変わりはないのだろうが、少なくとも今、この一室では余所者の賞金稼ぎがよほど危険だ。

 呻いてから、保安官は机に向かい、数枚の書類を書き上げた。

 賞金首の受け取り証であり、懸賞金の引き渡し書だ。

 専用用紙にサインを書いて昼間に銀行へ持ち込めば金に換えてくれる。

 それは同時に、賞金首がこの保安官事務所へ引き渡され、確保されたことを意味する為、賞金首たちにとっては死刑執行が決定する書類でもあった。


「流石に田舎の村より早くていいね」


 山の上にある役所の分室では、要するにこの書類を作る権限が無いため諸々の日数を必要とするのだ。

 

「じゃあ、貰っていくよ。ほら、行こうぜドラゴン」


 複雑な表情で黙ったままのホァンを促し、書類を受け取って建物を出ていく。

 すると、建物の前には二十人ほどの用心棒たちが待ちかまえていた。


「お、ちょうどいいところにいるじゃないか。中でハノスさんが倒れてるぞ。連れて行ってやれよ」


 用心棒たちは顔を見合わせ、やがて三人が中へ入っていく。


「貴様ら、俺を敵にしてどうなるかわかっているのか?」


 用心棒たちの背後で一人の老人が口を開いた。

 周囲より上等な服を着て、髪も紳士然として撫でつけている。


「ああ、アンタがバンティング氏? 会いたかったよ。ここに来た目的にはアンタと会うことも少し含まれていてね」


 嬉しそうに言うロバートにバンティングは怪訝な表情を浮かべる。

 が、気にせずロバートは四本の指を立てた。


「まず、この街の名士たる自覚を持て。アンタが転べばこの街で大きな混乱が起こるんだ。これは、わかるな?」


 それは事実であり、当然にバンティング自身も自覚がある。曖昧ながら頷いた。

 

「その上で、賞金を掛けられた様な犯罪者を雇用するな。西方領の賞金首制度自体への反抗ととられてもおかしくない」


 指が一本曲げられる。


「手下をきちんと管理し、律しておけ。手下がなにかやらかした場合、アンタの指示でやったと他者が受け取る可能性もある。他者、の中にはアンタと同等、あるいはそれ以上の権力者も含まれると知れ」


 二本目が折られる。


「問題が起きたら揉み消さずにきちんと賠償して、少なくとも第三者が理解するように解決しろ。燻り続けると思わぬところで火がつく可能性が残る」


 三本目。


「それらを踏まえて、安定した経営および街の発展に向けた尽力を期待する。わかったか?」


 最後の指が折られ、手のひらは拳となった。

 バンティングはその堂々とした物言いに、どうしたものかと考えた挙げ句、ゆっくりと頷いた。


「……はい」


「よし」


 そう言ってロバートが踏み出すと、用心棒たちは左右に割れた。

 バンティングの横に来ると、肩に手を置く。


「じゃあ、頑張れよ」


「はい」


 上位者としての激励を受け入れてしまったバンティングに、用心棒たちもどうしたらいいのかわからず、去っていくロバートとホァンを見送ることしかできなかった。

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