魔法使いの前日譚 番外編 第10話 ドラゴン
ロバートは薄暗くなって、安酒場に入ると店内を見回した。
硬い空気が建物中に満ちており、こんな場所で飲む酒はまずいだろうな、と思わされる。
昼間にここで殺された三人の用心棒たち。その犯人を追う用心棒たちが客に混ざっているのだ。
いや、それだと表現が悪い。
目をギラギラとさせ、いつでも腰の武器を抜けるように身構えた連中の中で、無関係の客がほんの少数、肩をすくめて飲んでいる。
バーカウンターの向こうには心労で倒れた店主の代わりに引き攣った笑みの女将がいて、平素通りの接客に努めていたが、声は上ずっていた。
この酒場で怪物は暴れた。他になんの情報もないのだから、足を棒にしてむやみに歩き回る以外は牧場の入り口か、ここで待ち伏せるしかないのだ。
ロバートは別に、相棒である怪物を探しに来たのではない。仕事をしに来たのだ。
十五人か。
客に化けているつもりの連中を数えるが一人、妙なのがいる。
他の客から離れ、店の隅で入り口を睨んでいた。
「よぉ」
カウンターで酒を受け取ったロバートは妙なヤツが陣取る小さな丸テーブルの、向かいの席に腰を下ろした。
「あん?」
不機嫌な表情で顔を上げたのは、目が細く顔の凹凸が少ないドジョウ髭の男だった。
体は小さく、手足は細い。まったく年齢の予想が出来ない。
「アンタ、どこから来たんだい?」
ロバートが尋ねると男はぼそり、と大陸の遥か東方に位置するという、巨大な帝国の名前を挙げた。
「ほう。気安い距離じゃないが、こんなところで何をしているんだ?」
ロバートの問いに「洗濯屋」とだけ男は答える。
「洗濯屋?」
「牧場の洗濯係だよ。悪いか?」
見れば男の手指は水仕事によるものか荒れていた。
「いや、悪くないだろ。誰かはやるんだろうし。逆になにが不満なんだ?」
ロバートは本心を言う。必要な仕事は誰かがするだろう。ロバートだって旅の中では自分の服もアンドリューの服も洗っていた。
が、男はどう見ても自分が洗濯夫でいることに納得がいっていなさそうだ。
と、男は拳をロバートに見せた。
荒れてみすぼらしい上に小さい。そもそも大男が多い用心棒連中に混ざれば、実際以上に頼りなく見える。
「俺はな、用心棒になってやろうと思ってこの牧場へ来たんだぜ。故郷じゃ村一番の拳士様だ。ところが、牧場の連中は俺を見るなり、洗濯の担当だと言いやがった!」
「それは仕方ないんじゃないか?」
ロバートは周囲を見回す。
物々しい用心棒連中はどいつもこいつも厳つい男たちだ。
彼らの仕事は本来、起こった揉め事を解決するのではなく、相手に損得を計算させて揉め事を起こさせないことだ。
そういった意味では、彼らの外見は説得力が十分にあった。
ついでにいえば、名の通った悪党や賞金稼ぎなどの無法者たちを雇い入れるのも、その看板がもつ力を知っているからだ。
翻って、中身がどうでも眼前の男は侮られやすいだろう。暗殺者ならともかく、用心棒にはまるで向いていない。
男は舌打ちをすると据わった眼で入り口を睨んだ。
「わかってるよ。このままじゃ俺に上がり目はない。だから今回の犯人を俺が捕まえて、そうして有能さをアピールしてやるんだ」
意気込みはいいが、それでやることが酒場の見張りではまるで芸がない。
ロバートは頭を掻いた。
この男のいう実力が本物であるのなら、こんな機会に限らず他の用心棒たちと日ごろから殴り合いの喧嘩をしておけばよかったのだ。
そうすれば侮られず、用心棒への転換もあり得ただろう。
「アンタ、名前は?」
「ホァンだ。東龍のホァン。この辺じゃそう……」
「呼ばれているのか?」
「……名乗っている」
大仰な名乗りに恥ずかしくなったのか、ホァンはフイと横を向いた。
「別に照れることはない。在り様というのは往々にして、名前に引っ張られるものだ。俺の爺さんも若いころは滅茶苦茶な名乗りを上げていたらしいぞ」
ロバートはいかめしい祖父を思い浮かべた。
現在でこそ押しも押されぬ王国の四大貴族であるが、かつては辺境の小領主に過ぎなかった。にもかかわらず、ほんの数十の寡兵を率いるころから部下には大将軍などと呼ばせてハッタリを利かせていたと、老宿将たちが笑いながら話してくれたものだ。
「ふん、俺は用心棒をやって金を稼いだら、それを元手に天を舞うんだ。そうして自分のレストランを持つ。バンティングさんにだって負けない金持ちになる。そのためには今回の件は渡りに船だ。オマエさん、邪魔するなら一緒に叩きのめすぞ」
眼前に突き付けられた指に動じず、ロバートは笑う。
視線は指を通してホァンに向けられていた。
「いいじゃないか、ドラゴン。協力するよ。さて、俺の名前はロバート。旅の者だ」
「知ってるよ。なんせこっちは客人の洗濯物を洗ったらきちんと部屋に届けるんだ。今、逗留している客人は少ないし、ちゃんと把握している」
なるほど。
ロバートは席を立つと、ホァンの耳元に口を近づけた。
「ところで、この中に賞金首はいるか?」
聞かれてホァンはきょとんとした表情を浮かべる。
「なんで?」
「なんでって、知りたいからさ。そうして、やるべきことがある。なあ、ドラゴン。アンタにも知りたいことや、やるべきことがあるだろう。俺と組もうぜ。アンタの持ってる情報を俺にくれれば、俺はアンタの為に用心棒の席を空けてやろう。そうして、金もやる。ほら、飛びたいんだろう。くすぶっていないで牙を見せてくれよ。ドラゴン」
その囁きは彼の祖父に似て、聞く者に断りづらく刺さる。
そうして、深く刺さった言葉は体を駆け巡り、背筋をあぶるような狂熱をもたらすのだった。
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