魔法使いの前日譚 番外編 第9話 吹き上がる炎

「僕は悪魔使いの術を見たいんだ」


 まっすぐな視線に貫かれ、ステンネリは「ほっ」と短く笑った。

 見開いた目が再び細められ、楽しそうに口元が歪む。

 パイプの中身を焚き火に捨てると、照れた様に頭を掻く。


「まいったね。魔性の者だと嫌悪される俺だ。そんなに期待されたことはない」


「君は……ステンネリは悪魔を使役できるの?」


「できるさぁ」


 アンドリューの問いに、ステンネリはボツリと応えた。

 朴訥な農夫の様なしゃべり方だとアンドリューは思う。


「我が師、マンチネルより受け継いだ暗黒の術だ。それはアンドリュー、オマエさんが使う火の玉とか敵を眠らせるのとかとは系統が違う魔法だよ」


「うん、そうだね。僕の師匠は、東方領の迷宮都市で魔法を覚えたって言ってた。死霊術も悪魔の召喚も出来ないつまんない人だったよ」


「そんなことを言うもんじゃない。知らない方がいい知恵もあれば、覚えない方がいい技だってある。出来ることが人生をダメな方に引っ張っちまうんだ。俺みたいにね」


「そんなことはないよ」


 アンドリューは皮肉な笑みを浮かべるステンネリを正面から否定した。


「知恵や技は絶対に沢山知っていた方がいい。不幸になるんなら、その使い方を間違ったんだ」


「ふふ、強い子だ。羨ましくなるね。だが、賞金稼ぎとして旅をしていた俺がどこかの村で食事をするだろう。あるいは宿をとる。そんな時に『悪魔使いのステンネリ』だと知られちまったらもういけねえ。だれもそんなヤツを相手に商売なんかしてくれねえや。そうして、どんな村にも、大抵一人か二人は俺を殴りに来るヤツがいるのさ。『悪魔を使うヤツなんだからとんでもない悪党に違いない』って息巻いてね。俺は首に銭を懸けられた悪党じゃねえ。賞金首を狩る賞金稼ぎだぜ?」


 ステンネリがようやく笑み以外の表情を浮かべて話し始めた。

 アンドリューが常人並みに相手の表情を読めれば、そこに痛々しさを読み取ったかも知れない。

 

「そんなものかな。僕、死霊術が使えるけどそんな目に遭ったことはないよ」


 あっさりと言うアンドリューにステンネリは真顔になる。


「異形の術者だな、アンドリュー。その先に明るい道はないが、それでも進むか?」


「あんまり明るいとか暗いとかに興味はないんだ。ただ、魔法について知り続けたいから旅をしている。それだけ」


「綺麗だが、暗い目だ。悪魔を使役するのはいいが、危険だぞ。油断すればこちらが喰われる」

 

 ステンネリは腹の前で指を組み、忌々しげにアンドリューを見つめる。

 対して、アンドリューは宝物を前にしたような表情を浮かべている。


「でも、便利なんでしょ。三人を殺したのが僕だって解ったのも……」


「ああ、違う。それはオマエさんがドアマンの大男を魔法で倒したからだ。こんな田舎に魔法使いなんてホイホイ歩いてたりしないんだ。当然、状況から考えれば犯人はオマエだよ」


 苦い表情を浮かべて、ステンネリは誇らしく笑って見せた。

 

「そうしたら、オマエさんが俺の後をついてくるじゃないか。昔取った杵柄だ。ちょっとからかって追い払ってやろうと思ったのさ」


 そうして、まんまと催眠に掛かったアンドリューはいいようにされたのだ。

 

「アレはアレで効いたろう。俺にとっちゃ、悪魔を呼び出すなんかよりもずっと身を守ってくれた技だ」


 なにかを思い出したようにステンネリは再び笑い、背後から数枚の木片を取り出す。

 

「我が師マンチネルはこの木から名をとった。知ってるか?」


「猛毒だよ。根から葉っぱ、実まで、毒がある。本物を見たことは無いけどね」


 アンドリューは己の知識に照らして淡々と応えた。その知識はステンネリを驚かせる。


「ほっほ、ずっと南にいかないと生えていない木だ。よく知っているな」


 言いながら、ステンネリは木片を火にくべた。

 アンドリューは瞬間的に立ち上がり、洞穴の出口に向かって走る。マンチネルは燃やした煙にさえ強烈な毒性を含むのだ。

 息を止め、目を細めながら洞穴から転がり出ると、即座に背後を振り返った。


『ふふふ……』


 響く笑い声に、アンドリューは己が騙されたことを知る。

 密室でマンチネルを燃やす行為は自殺に等しい。しかし、ステンネリはそれをやった。

 とびきり苦しみたい奇人でないのなら、目的は一つ。アンドリューを追い出すための嘘だ。

 洞穴から笑いながらステンネリが姿を現す。なにか大きな革袋を引きずっていた。


「知識があることは素晴らしいが、それに引っ張られてオマエさんは今、判断を誤った。知らなかったら、毒炎を生じる木切れだと言って燃やすつもりだったがいずれにせよオマエさんは騙され、俺はこの機に逃げることも出来た。さらにいえば殺す機会はもっとずっとあった」


 そう言ってステンネリは腰の刃物を見せる。

 催眠状態に掛かったときでも、これで首を掻かれていたら死んでいたのは間違いない。

 アンドリューはムッとして立ち上がった。

 

「さっきから僕をからかってばっかりじゃないか。僕だって、君を殺すことはいつでも出来たよ!」


 アンドリューの広げた右手の上に火炎の球が発生し、周囲を昼のように明るく照らす。

 

「まあ、そうだろうな。よし、そんなに言うのなら、悪魔を見せてやろう。ただし、呼び出された悪魔は殺戮を求める。この場に俺とオマエしかいない以上、悪魔はオマエに襲いかかるが、構わんな」


「もちろん!」


 勢いのいい返答に笑い、ステンネリは背後に引きずっていた革袋を放る。

 

「ああ、普通に働き、普通に所帯をもって、普通に生きたかったぜ」


 天を仰ぐステンネリの足下では、袋から飛び出た子羊の死体が地面に横たわっていた。


「僕は、まだ知らない魔法について全部知りたい。他のことは全部どうでもいい」


 ようやく披露される術を見逃すまいと、アンドリューはいつになく真剣な表情でステンネリを睨む。

 やがて、羊の死体はこの世ならざる絶叫をあげ、赤銅色の肌を持つ怪物へと変貌していくのであった。

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