魔法使いの前日譚 番外編 第7話 見えざる者

「おい、ここは立ち入り禁止だ」


 幹部用の酒場に入ったアンドリューは入り口を塞ぐように立っていた大男に声を掛けられた。用心棒を兼ねるドアマンだ。

 

「あ、じゃあ入んないからさ、悪魔使いのナントカって人が居たら呼んでよ」


 入り口から覗くと、テーブルをいくつか繋げて、その周辺に十数人が座っていた。

 その中に悪魔使いが居ればそれでよく、酒場自体にはアンドリューも興味がなかった。


「幹部会やってんだ。おとなしく帰んな」


 しかし、ドアマンはムスッとした顔でそれだけを告げる。

 で、あれば自分で呼ばなければならない。


「おーい!」


 アンドリューは入り口で大声をあげてみた。中に入らず、その場から悪魔使いを呼ぼうとしたのだ。

 瞬間、ドアマンの額に血管が浮き上がる。


「ナメてんのか糞ガキ!」


 延ばされた手は途中で力なく落ち、ドアマンは床に崩れ落ちた。

 アンドリューの魔法によって意識を飛ばされたのだ。

 体勢を崩したまま、受け身もとれずに倒れたドアマンは大きな音を立て、店内の視線を集める。

 ざわついた店内から、小男が進み出た。執事のハノスだ。


「おい、ソイツをノしたのか?」


「そうだね。しばらく起きないよ」


 本来であれば数秒から長くて一分程度の効果持続時間をアンドリューは自在にのばせてしまえた。今回であれば早くとも十数分は起きてこない。


「相棒のガキも中々だったが、こっちのヤツも使えるのか」

 

 ハノスは顎を撫でながら目を細めた。


「よし、オマエも中に入っていい。話を聞いとけ」


 促されて店内に入ると、中央のテーブルを取り囲むよう座る連中の他、壁沿いに二十名ほどが立って話を聞いていた。

 アンドリューがそれらしいヤツがいないかと店内を見回している内に、ハノスは中央の机に戻り話を再開した。


「殺された三人は誰だかわからんほどに焦げていたが、持っていたムチと酒場のオヤジの話からカナレハスだということがわかった」


 その言葉に、店内は再びざわつく。

 

「もちろん、カナレハスも歳をとったが、それでも賞金稼ぎとして鳴らした猛者なのは間違いない。この中にも、オッサンと揉めて痛い目を見た者がいるだろう。酒が入っていた。油断していた。それですんなりとやられるオッサンじゃなかったのは皆が知るとおりだ」


「だが、一体どうやって……」


「生きたままの人間を焦がすなんて……」


 用心棒たちの間に動揺が走り、目を見合わせたところでハノスは手を叩いた。


「酒場での証言を纏めりゃ、犯人はうちの牧場について嗅ぎ回っていたらしい。酒場の客はどいつもこいつもが『怪物みたいな得体の知れない男』だと言っていたが、これはうちの三人が燃やされた後、直接言葉を交わしたオヤジ以外ビビって視線を上げられなかったからだ。オヤジ自身は報復を恐れて口が固い。ようやっと聞き出せたのはボサボサの髪のよそ者で恐ろしい顔の他には特徴は無かったんだってよ」


 ハノスの言葉に用心棒たちは目を細める。

 それぞれの『恐ろしい顔』を脳裏に浮かべているのだろうが、髪を綺麗に整え、編み込んだうえに帽子を被ったアンドリューに想像図が近寄った者さえいなかった。


「ステンネリ、アンタはどう思うね?」


 ハノスから水を向けられたのは、机の中央辺りに陣取っていた黒ポンチョを身に纏った男だった。

 肩まである干からびた黒髪のうち、三割ほどが白髪になっている五十がらみの男で、日に焼けた肌とノミで削りだした様な無骨な顔をしていた。


「俺でも同じような事は出来るが、恐らく系統が違う技だ」


 低い、枯れた様な声でステンネリは答える。

 居並ぶ曲者の全員がどこか恐れを称えた表情でステンネリを見ていた。


「東方領の迷宮都市で使われる魔法だろう。複数の敵を一度に炎に包む。そんな魔法があると聞く」


 肝を冷やす雰囲気と話し方に、店内のざわつきも一気にかき消される。

 しかし、歩合の高い者が大勢集まっているのだ。いつまでも沈黙を続けるわけにはいかない。

 ハノスは咳払いをして再び口を開いた。


「とにかく、これはバンティング牧場への敵対行為とみなす。バンティングさんの不安を払拭するためにオマエたちは養われている。こういうときこそ、見せ場だぞ!」


 立ち上がったハノスは椅子へ飛び乗り、懐のナイフを引き抜き高く掲げた。

 

「犯人を見つけ、俺の前に連れてきた者には商品として酒を二箱。革靴とジャケット、それにベルトを贈ろう。このナイフに懸けて約束する」


「シャツは?」


 壁際に立つ用心棒が質問を飛ばし、ハノスはこれに即答した。


「五枚付ける」


「おお……」


 ハノスの示す太っ腹に一同は感心して唸る。

 

「全員、仲間の仇を探して来い。多少の間違いはあってもいいし、ガタガタ抜かすなら殺しても構わん。髪がボサボサの、怪物の様なツラのやろうだ!」


 檄を飛ばしたハノスに対して、用心部たちは「おお!」と応えてゾロゾロと去って行った。

 

「おい、小僧」


 アンドリューは出て行く者で渋滞した出口付近を探した。

 ステンネリと話したかったのだ。

 

「おいって!」


 肩を掴まれ、アンドリューは振り返る。

 それでようやく、ハノスが一生懸命、自分に話しかけていたことに気づいた。


「忙しいから後にして貰っていい?」


「待てって。ここは実力主義の組織だ。たとえばウチの三人を殺したヤツを捕まえられたらオマエのような旅の者にもきちんと報酬を出す。相棒と気張って探せ」


「悪いけど興味ないんだ。じゃあね」


 そう言うとハノスの手を振り払い、アンドリューはステンネリを追い、店を飛び出すのだった。

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