魔法使いの前日譚 番外編 第3話 ネズミの様な男
「アンタらがバンティングさんに面会したいって言う客かね?」
バンティング牧場の入り口に立てられた番小屋に入ってきたのは小柄な男だった。少年の様な体型だが、顔は老けている。
出された蒸留酒にも手を着けず、ロバートは立ち上がる。
「ああ、そうだ。バンティング氏は?」
「忙しいんだそうだ。用件なら俺がうかがおう」
周囲を取り囲む用心棒らしい連中が当然という表情でロバートとアンドリューを気怠げに見つめている。
その中央で一層気怠げなのはイスにだらりともたれ掛かったアンドリューで、二人の会話に全く興味なさそうだった。
「ちなみに俺はバンティングさんの執事をしている、ハノスだ」
小男は執事という響きに似合わず、薄汚れたズボンとシャツ、ジャケットを身につけていた。ジャケットの下にはベルトが通してあり、数本のナイフを差している。纏う雰囲気からは曲者の臭いがしていた。
「じゃ、ハノスさんでいいよ。ここでは沢山の用心棒を雇っていると聞いてきたんだ」
ハノスの視線がロバートとアンドリューを順に撫でる。
二人とも普通の旅装で、旅用の刃物さえ帯びていない。
「なんだ、用心棒志望かい。バンティングさんも手広く商売をやっていなさる。そうなると諸々の勘違いや行き違いが起こりがちだから、それを防ぐために腕利きも揃えなきゃならんのさ」
「腕利きねぇ」
ロバートは周囲を見回して鼻で笑う。
周囲を取り囲む男たちの間に不穏な空気が流れ始めたが、ハノスが片手を挙げて制した。
「坊やも腕自慢かい?」
ハノスの目が細くなり、口元が歪んだ。
片腕がゆっくりと懐に差し入れられ、出てきた時には肉厚のナイフが握られていた。
牧童が屠殺や喧嘩を含めて様々な雑用に使う、長めのナイフだ。
「言っておくが、いくら腕っ節に自信があろうと、この辺りで暴れるんじゃねえぞ。そうじゃなきゃ、世の中の広さを身をもって知ることになる。併せてこのナイフの切れ味もだ」
静かに、それでもよく響く声でハノスが告げる。
「そりゃあ興味深い話だが、今回は遠慮しておくよ。俺らは旅の者だが、路銀が乏しい。そんなわけでここに寄らせてもらったんだ」
ロバートの言葉に、ハノスが頭を掻く。
「バンティングさんは確かに、旅の者に金を払うことがあるが、誰彼構わずに小遣いをばら撒いているわけじゃねえ。臨時雇いで数日仕事をしてくれた者に謝礼を支払うだけだ。アンタらがどう聞いて来たのかは知らんがね」
「俺たちだって、ユスリやタカりに来たわけじゃない。仕事をしに寄ったんだ。そのついでに、バンティング氏にいくつか教えようと思うこともあったがね」
「余計な世話だ。とにかく、仕事があるかはバンティングさんに確認してこよう。今日はうちの宿舎に泊まっていいから、また明日にでも話そうか」
ハノスはそう言い捨てると振り返った。
その背中にずっと黙っていたアンドリューが声を掛ける。
「あ、待ってよ。悪魔つかいのナントカって人、ここにいる?」
「……さあ、知らねえな」
ハノスは振り向きもせずに言い捨てると、番小屋を出て行った。
「……ふぅん」
アンドリューは呟き、扉が閉められるところを見つめていた。
※
バンティングは手広く商売をやっており、もはや牧場主と呼ぶのもはばかられるほどだった。
この牧場を中心として広がる市街地のほとんど全てに影響力を持っており、街の住民には表立って逆らう者など皆無であるという。
「他の連中に聞いたところによれば、牧場の他にも農場の運営、金貸し、食料品の小売り、村々を繋ぐ乗り合い馬車、酒造と林業。その他も細々きりがないが、大勢の用心棒を抱えるはずだぜ」
二人に割り当てられた宿舎の部屋は四人部屋で、小さな部屋に二段ベッドが二つ設えてあった。
同部屋の他の二人はアンドリューの放つ独特の空気感を嫌い、まだ牧場に隣接する食堂で酒を飲んでいるが、ロバートはそういった連中と打ち解け、雑談がてら必要な情報を聞き出して来たのだ。
「生産、加工、流通、金融に軍隊を持って、ちょっとした国家気取りだ。なかなかの人物だよ」
ロバートは笑いながら言うのだが、既に布団へもぐり込み寝付いていたアンドリューは迷惑そうな表情を浮かべてそれを聞いていた。
「僕の獲物は?」
「さて、それだ。酒場じゃ賞金首と賞金稼ぎが同じ卓で堂々と酒を飲んでいやがった。バンティングが役人を抱き込んでるし、腕利きが大勢で徒党を組んでるから恐いものなんてないんだろう。それはいいんだが、全員がここにいるわけじゃないらしい。なんせ手広いから用心棒も方々へ出かける必要があるし、給金を貰えば小旅行気分で山の上の娼館まで足を延ばすヤツもいる。もうしばらくは探す必要がありそうだぜ」
「そう。じゃあ見つけたら教えてよ。くれぐれも、殺さないでね」
それだけ言うと、アンドリューは布団をかぶり再び寝息を立てはじめるのだった。
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