魔法使いの前日譚 番外編 第2話 やつれたすがた

「そんなことより、あの六人を一度に燃やした魔法。あんなの、使えたっけ?」


 宿に部屋を取り、荷物を置いた二人が戻ってくると忙しい時間帯は過ぎ去ったのか食堂はすっかり空いていた。

 おかげで、テーブルを挟んで食事を待つことが出来る。


「ん、使えなかったよ?」


 先に運ばれて来た水を飲みながらアンドリューが答えた。


「僕が覚えたのはナントカ先生に見せて貰った火炎球と眠らせる魔法。それからこの前、覚えた死霊術だけだよ。まだね」


 机の上で人差し指をくるくる回すと、その上に小さく火の玉が発生した。


「この威力を調整することは出来るから、試しに複数個を一度に撃てるか試してみたんだよ。そうしたら、出来たね」


 簡単に言い、手を開いてその指全てに極小の火炎球を発生させてみせる。

 

「わっはっは、たーのしー!」


 火炎球は端から一つずつくっついていき、一つになった後、消えた。

 

「なんだっけ、いろいろ基礎学論みたいなのを勉強したから、その応用だね」


 アンドリューは楽しそうに語るが、彼の師匠は才能を恐れて火炎球も含めて一切の魔法を教えなかった。

 しかし、魔法を教えてくれとせがまれるので苦し紛れに手持ちの魔術理論系文章をテキストとし、できるだけつまらない教育に終始したし、実践も固く禁じていた。

 迷宮都市であれば基本を教えた後は各人に実戦経験を積ませ、迷宮への適応という形で能力を強引に伸ばして行くところ、子供が取り組むレベルを遙かに超えた高度な概念論までを使い、強引な詰め込み教育が展開された。もちろん、アンドリューが魔法を嫌いになる様にと願う師匠の意思によって。

 アンドリューの師匠は本収集家で、本人も持て余すような理論や研究資料が蔵書にあったことと、宮廷医師の父による幼少期からの手厚い基礎教育も相まって、少年は歪な怪物として成長を果たした。

 いや、成長を始めたと言った方が正しい。

 

「なんか、工夫次第ではいろいろ出来そうだよ」


 軛から外され、石壁の中から解き放たれた怪物は魔法への知識欲を原動力に、自由に動き回っていた。


「アンタ、魔法使いなの?」


 二人分の食事をお盆に載せた女将がやって来て訪ねる。


「旅の賞金稼ぎだ」


 ロバートが賞金稼ぎの認定札を見せた。

 西方領に一定額を納付すれば一年間の賞金稼ぎ業が行える。その証明である。

 この札を持っていなければ賞金首を捕まえても換金が出来ない。

 これは賞金稼ぎにある程度の首輪を付けるのと同時に、在野の有力者を把握しようという西方領主のアイデアでもある。

 

「少し、相談したいんだけどね」


 女将は周囲に人がいないのを確認すると空いている椅子に腰を下ろした。


「相席を許可した覚えはないが?」


 ほんの一呼吸前まで楽しそうだったロバートの、敵意さえも帯びた剣呑な目つきに女将はたじろぐ。

 

「別にいいじゃん。空いてるんだからさ」


 アンドリューは運ばれて来た食事に手を伸ばしながら気楽に言った。

 その一言でロバートの圧力は消え去り、女将は深く息を吐くと咳払いをして、改めて話を切り出した。


「ここはさっきまでいたような山岳労働者が夏の間に長期滞在する為に作られた村なの。彼らは春になると、とある実業家に雇われてここへ来て、冬には給金を貰ってどこかへ行く。そんな生活を続けているわ。家族を置いて寮に集団生活をしているから、食事もうちへ食べに来るし、女を抱くために娼館へも通う。他に娯楽もないこの村では、娼館はそれなりに繁盛してんだよ」


 女将の話をロバートは冷めた表情で見つめ、アンドリューは見てもいない。

 

「それでね、彼らを雇っている実業家っていうのが山を下りたところで大きな牧場も経営してんのさ。そこには大勢の用心棒たちを雇っているんだけど……」


「バンティング牧場だな。知っている」


 ロバートは牧場名を言い当てた。この辺りで特筆するほど大きな牧場といえば他にはない。

 女将はうなずき、指を机の上で組んだ。


「そこの用心棒たちがさ、時々この村へ遊びに来るんだよ。うちで酒を飲んで、隣の宿に泊まって、娼婦を抱いて帰る。ところが二ヶ月程前、連中は酷く酔って娼婦を一人殺した。それを咎めた、うちの亭主も一緒に」


 女将の指には無言で力が加えられ小刻みに震えていた。


「役所に届け出ろよ。殺人で裁いてくれるだろうよ」


「届けたさ! ここの小さな分所じゃない。山の下に降りていってバンティング牧場の前に建つ立派な役所へね。用心棒の連中、それを笑いながら見てたよ。案の定、わずかな賠償金が支払われて終わりだ。人が二人も死んで、あとは何もなしさ! こんなバカなことがあるのかい!」


 そんなこともあるだろうとロバートは考えていた。

 辺境地場産業の大資本家はえてして権力を懐柔する。役人の側も領府から遠く、権限が強い上に監察の目が届きにくいからだ。

 実際の金額は知らないが、牧場主から飼い慣らされた役人には、今回の事件を揉み消す見返りも追加で支払われた事だろう。

 しかし、ここは開拓前線に近い西方領である。公的解決が難しければ自力解決による納得しかあり得ない。


「だから俺たちに敵討ちの手助けをしてくれって?」


「そう……だけど、そうじゃない。アンタたちがどれほどのモンか知らないけど、返り討ちにあってしまいだよ。なんせあの牧場には大勢の腕利きが詰めている。そこには賞金首も何人か含まれてるんだ。だからアンタら、旅をしているんだろう。お願いっていうのは、ここから離れた街や村に行くたび、バンティング牧場には賞金首がいるって噂を流して欲しいんだ。そうすりゃ、誰かが旦那の敵をとってくれるかも知れない」


 つまり女将はロバートとアンドリューの二人が直接仇を討ってくれるだろうとは全く期待していないのだ。


「なんで遠くなんだ。その辺の賞金稼ぎだっているだろう。そいつらに知らせてやれよ」


「この辺の人間はそんなこと皆、子供だって知ってるよ。だけど誰も牧場主に逆らおうとはしない。それどころか用心棒の中にも賞金稼ぎが混ざっているくらいさ」


 広くバンティング牧場の事が噂になれば賞金稼ぎがやってくる。

 そうすると、返り討ちにするにせよ金を握らせて返らせるにせよ牧場主は出費を強いられる。牧場主が役人に付け届ける額と比して小銭ではあるが、嫌がらせにはなるだろう。

 誰かが賞金首もろとも用心棒連中や牧場主まで殺してくれる可能性もないではない。

 気の長い、そうして不確実な計画だが、女将にとっては他に打てる手もないのだろう。


「ちなみに、賞金首ってどんな連中がいるんだ?」


「有名どころだと堅弓のサンマト、炙り刃のジンゼ、レオーネ兄弟、縄使いグロッギー、翡翠のグレガ」


 ロバートは頭の中で首に掛かった賞金を計算していく。

 一度に捕まえられるのなら悪くない。


「それに賞金稼ぎの方だって軍人崩れのモーティマ、蛮族狩りのカナレハス、悪魔使いのステンネリ……」


「それいいね」


 突然、食事をしていたアンドリューが反応し、女将は驚いた。


「悪魔使いっていうくらいだから悪魔を使うんでしょう。僕、それ見たいな!」


 欠片も興味を示していなかったアンドリューの目は、好奇心に爛々と輝いていた。

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