番外編 魔法使いの前日譚

魔法使いの前日譚 番外編 第1話 彷徨う怪物たち

 集落と集落を繋ぐ道を渡るのは旅人か商人であり、これを待ち受けて行く手を阻むのは大抵の場合、役人か盗賊である。

 ゾロゾロと沸いて出たむさ苦しい連中は十中八九、後者であろう。

 ロバートは賊の頭数を数えた。七つ。


「なんだこのガキ、男だぜ」


 行く手を塞ぐ賊がアンドリューの顔を覗き込んで吐き捨てた。

 美しく長い髪と整った顔を遠目に見て女だと思っていたのだろう。

 

「まぁ、いいやな。このツラなら買い手もあんだろうよ」


 その隣の賊が下卑た笑みを浮かべた。


「おい、兄ちゃんたち。痛い目に遭いたくないなら刃向かうんじゃねえぞ。俺らは……」


「わぁー、山賊だ。怖い!」


 どうやら一党の頭領らしき男の語りを、アンドリューの声が遮った。

 棒読みの台詞、棒立ちの体、無表情。その声は場にいる全員のやる気を削いだ。


「なあアンドリュー、なんだよそれ?」


 流石に苦笑しながらロバートが尋ねた。


「なにって、ロバートが言ったんじゃん。山賊に怯えている振りをしろって」


 その回答にロバートも頬をかく。確かに、その様なことを言った。

 しかし、それは弱者をめざとく狙う山賊をおびき寄せるためだ。

 そいつらが既に釣れたのだから最早演技は不要である。というよりもアンドリューの壊滅的な演技力はロバートのやる気さえ削り取ってしまってよくない。


「まあ、いいや。それでなんだって。あんたら、なんて団体?」


 仕切り直したロバートに山賊の頭領が咳払いをして応えた。


「ええと、俺たちは泣く子も黙る山賊団『金鹿一家』だ。解ったらおとなしく……」


「ああ、もういい。安い賞金首だ」


 頭領の言葉を今度はロバートが挫く。

 

「じゃあ殺していいの?」


「このオッサンだけ残してりゃ、あとはいいだろう」


 アンドリューの問いにロバートが短く答える。


「この石雷のカナーも安く見られたもん……げぇ!」


 言い終わらないうちにアンドリューが手を上げると、六人の賊は六本の火柱と化した。断末魔を残す間もなく、絶命する。


「いや、だから安いんだって」


 ロバートは目を見開いている石雷のカナーへ間合いを詰めると、右足を踏んで体重を掛けた。


「よっと!」


 上体を強く押すと、カナーはバランスを崩しながら上体を背後に逸らした。

 そこには大木があり、ガツンと音を立てて後頭部を打ち付けたカナーはあっさりと昏倒し、崩れ落ちるのだった。


 ※


「金鹿一味、石雷のカナー。なるほど、受け付けよう」


 次の村でロバートから罪人を引き渡された役人は険しい表情で手配書とカナーを交互に見比べていた。


「被害者がこの村にいない為、首検分に二日ほど掛かるがよいかね?」


「ええ、もう少し早くしてよ」


 役人の言葉にアンドリューは堂々と不満を述べた。

 

「そうは言ってもこれは決まりだ。待っていなさい」


 ムッとした表情の役人はアンドリューと話すのを止めたらしく、ロバートの方に向き直って命令口調で言う。

 賞金首というのは間違えて他の者を捕らえてしまうのを防ぐため、本人への尋問に加えて顔を知っている者を呼び出して確認させる。

 これは近年西方領で整備されたルールであった。

 適当な者を徹底的に痛めつけ、死んだ方がマシだと思わせてから犯罪者だと嘘の自白をさせる偽賞金稼ぎが後を絶たなかった為だ。また、やはり別人の顔を切り刻んで突き出し、金に換える者も相次いだ為に判別がつかなくなるほど顔を傷付けてはいけないという妙な決まりも出来ていた。

 もちろん、カナーの顔は無傷である。素直に歩かせるために指を七本、細切れにしてあるのだが。

 

「わかった。安くても路銀は欲しい。待ってるからゆっくり検分してくれよ」


 ロバートも愛想よく笑って話は終わり、二人は詰め所から外に出た。

 小さな村の広場に面しては食堂が一軒。酒場を兼ねた宿屋が一軒ある他は食料品店を兼ねる雑貨店があるのみであった。


「まあ、安いとはいっても十日分の路銀にはなる。とりあえずゆっくり休みながら次の獲物を探すか」


 ロバートたちは広場の隅に設置された水場で顔を洗い、手を洗うと二人連れだって食堂に入った。

 中は食事時なのか、労働者たちが十名ほど座っていた。


「あら、いらっしゃい。ごめんなさいね、満席なの。もうすぐ席も空くと思うのだけど」


 ふっくらとした中年女性が出てきて申し訳なさそうに首を振る。

 席はカウンターテーブル隅の一つしか空いていなかった。これでは二人で食事することは出来ない。

 

「ああ、いい。どうせ暇なんだ。先に宿へ行こうぜアンドリュー」


 ロバートが言うよりも早くアンドリューは一つだけ空いた椅子に座っていた。


「僕、先に食べとくから君は席が空いた頃にまた来なよ」


 はっはっは、と何が楽しいのか笑うアンドリューの襟首をロバートの手がムンズと掴む。


「そんなわけで女将さん、また後で来るよ」


「苦しいー、首が絞まるー、離せー」


 爽やかな笑顔とアンドリューの抗議を残してロバートは店を出ていったのだった。相棒をズルズルと引きずりながら。

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