第549話 相談相手

「それで、どうするノダ」


 ご主人の元を辞した僕たちは路地を歩きながら今後の方策について話した。

 

「どうする……のが正解かよくわからないけど、とりあえず仲間を集めて相談したいかな。こういうもめ事なら、パラゴとか心強いかも」


 以前の印象からシグは恐れすぎていた。かといって何事も恐れない、たとえばサンサネラなんかだと揉め事の最初で躊躇せず流血沙汰を選びそうだ。

 手段も攻撃対象も選ばない連中とはそもそも揉めない方がいい。

 その点でシグは正解なのだろうけど、いろいろと火種も多い現状で目と耳を塞いで隠れている訳にもいかない。

 僕とは違う技術や世間知に長け、なおかつ好戦的ではないパラゴは相談相手としてはとても理想的だった。


「戦うならギーが力になルゾ」


 担いだ槍を振ってギーが頼もしく言ってくれる。

 上級冒険者の彼女ならチンピラ、ゴロツキも恐くないどころか腕利き用心棒だって文句なく倒してしまえるだろう。

 

「ありがとう。でも、今回ギーにはメリアを守って貰いたいかな。僕が巻き込まれちゃうとあの連中、家族を狙うらしいから可能ならギーのお兄さんのところから出さないでくれると安心だね」


 ギーの兄、リチエが責任者をつとめる事務所は、彼女の祖国が設置した交易用の事務所である。

 同時に、若きリザードマン兵士を育成する為の宿泊施設でもあり、十八名のリザードマンが冒険者組合に登録し、日々鍛えているのだという。

 いくら先を見ない連中だといっても、いきなりそんなところへ踏み込んでいくとは考えがたく、心理的、武力的、公的立場も含めて都市内ではもっとも安全な場所の一つではないかと思っている。

 

「そウカ。兄にはギーから言っておくから危なくなったらいつでも逃げ込メ」


 ギーは気軽に言うが、未だにメリア以外の人間は判別がほとんどついていないらしいリチエ氏の元へ駆け込むというのも少しだけ抵抗がある。

 一応、お礼を言いつつも大通りに出ると辺りの喧噪に活気を感じていた。

 大陸一の商人が儲けも度外視で大量の物資を運んできてくれたから、街が息を吹き返したのだ。その見返りに娼館の独占経営権くらい安いものだとロバートは判断したのだろう。

 それも、領主府が施設や経営権を買い上げるのではなく、説明や説得をするでもなく、後はエランジェスが勝手に全てを進行していく。

 結果として現在、娼館経営をしている数十人は死ぬだろうが、それこそロバートの知ったことではないのだ。

 怪物領主が見ているのは常に都市全体の利益で、そう考えればエランジェスの方が商人連中よりも遙かに値が高い。

 なにより、ロバートはエランジェスに対して口実を与えただけで、現在の娼館経営者たちに対して殺されろとも身を守るなとも、まして奪われるなという命令は出していないのだから、結果として殺されるのならその者の力不足だと判断するのかもしれない。

 そもそも、ロバートが紙切れを一枚出さなかったからといって、エランジェスが行動を変えたとも思えない。

 もともと自らが持っていた施設や運営権を勝手に奪った時点で現在の娼館経営者たちはエランジェスに口実を与えてしまっていたのだ。

 翻って、エランジェスを追い出した後のガルダが娼館運営に直接関わらず、物品の納入で利益を上げていったのは口実を与えない為だったのだと今更になって想い至る。


「ロバートがいる以上、表立って悪いことをすれば咎められるとは思うんだよね」


 そういった点だけは妙に信頼できる男だ。

 領主府の役人たちの中にも、ロバートを無視して目こぼしのための賄賂を取れるほど腹の据わった者は少ないだろう。

 それは同時に、ロバートの後援者である僕たちも極端な無法を働けないことを意味する。あの男は情と罰則を完全に分けて考え、自らの親でも妥当な量刑を科す。

 考えれば考えるほど、頭が痛くなってくる。

 やがて答えが出るより先にご主人の屋敷にたどり着き、僕はギーと別れた。

 改めてリチエにはメリアのことを頼みに行かないといけないな、などと考えながら自宅に向かう。と。

 

「指導員」


 声を掛けられて振り向く。

 が、声を掛けてきたのがベリコガだとわかるまで二呼吸ほどを要した。

 最後に会ってからそれなりに時間が経過しているが、随分と痩せていた。

 伊達男のベリコガらしくもない、薄汚れた服を着て肩には手ぬぐいを掛けている。

 

「ああ、自宅の片づけをしてきたんだ」


 僕の目線に気づいて、彼は苦笑して見せた。

 

「母が死んでね。家具や服の類は全部売って、空っぽになった家を綺麗に掃除するのに三日も掛かっちまったよ」


 肉体的な疲労と精神的な疲労が瞼に乗ったような表情で彼は言う。

 

「お母さんがお亡くなりになったんですか」


 突然のことで他になんと言っていいのかわからなくて、僕は一度会ったきりの老婆を思いだした。

 たしかサンサネラと一緒に食事をご馳走になったのではなかったか。


「そうそう。きちんと届けも出したし、アンタ宛に申請書も書いたよ。埋葬したのは五日前だ」


 僕宛の申請書というのはつまり、土葬に関する墓地の使用願いである。

 普段の業務はブラント邸の老僕が代理で捌いてくれるのであるが、あくまで墓守は僕なのだ。なので、月末ごろに纏めて目を通す書類の中にあの老婆の名前が出てくるのだろう。


「寂しいが、サッパリした気分でもある。妙な気分だ。そうだ、飯を付き合ってくれよ。相談したいこともある」


 相談相手を捜していたのは僕のはずなのに、これではアベコベである。

 が、身内の不幸を経験したベリコガの頼みを無碍に断るのも気が引け、僕たちはベリコガの知り合いの店だという小さな食堂に入るのだった。

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