第550話 みすぼらしいおとこ

 ベリコガに連れて来られた店は裏通りにあり、中年の男が営んでいる一膳飯屋であった。

 

「ここの息子がうちの門下生なんだ」


 挨拶に来た店主と少し話すと、ベリコガは言った。うち、というのはつまり青空道場のノクトー流剣術道場だろう。


「まだ十歳くらいだが、楽しそうに通ってくる。将来はシガーフル隊みたいな冒険者になりたいんだと。まあ、アンタからすれば孫弟子にあたるかな」


 ベリコガは冗談めかして言い、自ら笑った。


「別に、僕はベリコガさんに剣術を教えた訳じゃありません。だからここの子供の師匠筋にあたったりはしません」


 あくまで冒険者としての基礎を教えただけで、その前も、その後も、彼には武術の師が居たはずだ。


「ブラント殿は討たれたらしいな」


 ふと、ベリコガの目が細められた。

 

「ええ、そうらしいですね」


 北方領から戻り、ロバートやディドなんかから聞かされていたし、なんなら莫大な額の賞金首ということで、それを倒したグランビルには賞金の贈呈式が開かれ、目録が渡される際にも教授騎士の代表ということで列席させられたのだ。

 それと前後して反乱軍本体は壊滅。

 間を置かず表出した王国本領と西方領の戦争では、堅固な城壁に守られた本領軍の方が有利と思われたものの、城壁がどこか壊れていたとかであっさりと西方領軍が勝ってしまったのだという。

 現在は、西方領主が王城を占拠しつつ苛烈な残党狩りや、大量に発生した盗賊の類の取り締まりを行っており、落ち着き次第、正式に戴冠式を行い即位するのだろうと皆が噂している。


「実はね、懸賞金の話を聞いて俺も飛び出したんだ。間に合わなかったが……ああ、もちろん勝てるとは思っていないよ。聞いた話だと、ブラント殿を討ったのもアンタの配下らしいじゃないか。流石だ」


 楽しそうに笑い、運ばれてきた料理に視線を落とす。


「あの人と俺は知らん間じゃない。恨みもあるが、大きな恩もあった。そこに挑んで返り討ちにされるなら本望とも思ったんだ」


 恥も外聞も投げ捨て、生きたいと唸った男の頬はこけており、かつての生命力はどこにも見いだせない。


「食べないんですか?」


「うん? ああ、俺は飲み物だけでいい。だがここの料理は安くて美味いから指導員、よかったら俺の分も食ってくれよ」


 なんとなく、痛々しくて見ていられなくなり僕は視線を逸らしたまま尋ねる。


「それで、相談ってなんなんですか?」


「うん。俺は道場を畳むよ。そうしてこの街から離れる。家はもともと『荒野の家教会』からの借り物で、それを返す段取りが整ったんだ」


 なんとなく、そうだろうとは思っていた。

 彼は随分と前から抜け殻の様だったし、彼がこの都市に居たのは母親がいるためであった。

 

「北方へ帰るんですか?」


「今更……故郷の秩序を破壊した俺だ。美しいあの大地を二度とは踏めないよ」


 落ち着かないのか、机の上で組んだ指が小刻みにふるえていた。

 

「以前、アンタに言われたろう。チャギを探して来いって。本当に見つかるとは思っていないが、南方へ行ってみようかと思っている。いや、そんなことはどうでもいい。問題は俺の教え子たちだ。皆、いいヤツらでな。途中で放り出していくことが最後の心残りだったんだ。アンタ、どっかいい道場を紹介してくれないかな。顔は広いだろ」


 この都市では武術を教える教室への需要が高い。

 それに応えるように、素人への指導を行う者は大勢いるが、特に多いのは初級を受け持つ武術家たちだ。

 たとえば地下六階程度まで降りた辺りで冒険者を引退し、元中級冒険者という肩書きで弟子をとる者も多い。

 しかし、こちらは高額を取って達人を育成する教授騎士である。

 案外とその程度の知り合いは少ない。


「ええ、まあ……探しておきます」


「頼むよ」


 僕の曖昧な言葉に、真っ直ぐと視線を向けたベリコガは呟いた。


 ※


 流石に二人前は食べられないので、手を着けなかった料理を包んでもらい、僕たちは店を出た。

 

「それよりベリコガさん、きちんと食事をしないと……」


 などと話していると、細い路地を三人組に塞がれた。

 振り向けば、背後にも二人が立っている。

 そのうち二人が抜き身の刃物をぶら下げていた。


「よお、悪いが持ってる物を全部置いていってもらおうか」


 一瞬、食べ物を狙われたのかと思ったが、そうではない。

 食べ物を含めたすべてを狙われているのだ。

 こんな街だが、警邏隊が高密度で巡回しているので辻強盗なんかに遭遇したのは始めてだ。

 五人はいずれも北方系で、難民なのだろう。

 ロバートは広く仕事や物資を行き渡らせようとしているが、そうすると貧富の差というのはどうしても出てくる。

 この街での生活に上手く馴染めなかった連中が徒党を組めば、そう言うこともあるだろう。


「指導員……アンタやっぱり弱そうだってよ。外見が」


 ベリコガが苦笑しながらこちらを見てくるが、ベリコガがやつれていなかったらこの連中も襲って来なかったのだろうからお互い様だ。

 しかし、ベリコガは強盗たちに申し訳なさそうな表情を向けると「すまんな」と小さく呟き、これをあっという間に叩き伏せるのだった。

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