第7章
第545話 召喚
迷宮の魔力や、危険でも単純な繰り返しに胸が焦がれ始めると、むしろ迷宮の中でこそ落ち着くようになる。
あるいはどこかへ落ちていくかもしれない道を噛みしめる様に一歩一歩足を進める。
前を歩くのはギー、サンサネラ、ハリネの亜人三人組。後衛は僕と天才児のアル。そうしてモモックである。
「アナンシさん、このあたりでどうだい?」
地下八階のちょっとした広場でサンサネラが振り返った。
魔力はまだ薄いが、今回の目的にはあまり関係ない。
「そうだね」
僕は頷いて、亜空間からゼタの金属鎧を取り出した。
※
北方から戻ってしばらくして、僕が走らせた部下が情報を持って帰ってきた。
北方領の情勢については領主府へ行けば教えてくれるのだけど、それはあくまで全体的な流れや、北方へたどり着いた派遣軍の動向であって、僕が知りたいことはそれ以外にも山積していたのだ。
ガルダ商会の用心棒たちはどこへ行ったのか。雑役夫たちは無事か。
モモックやグロリアは生還したのか。
結局、用心棒たちはメッシャール軍の徹底した斥候狩りにより数百名に追い回されて遠方まで逃げることになったらしいことが帰還した本人たちの口から語られた。
メッシャール側も起死回生の作戦をどうしてもこちらに隠したかったのだろう。
併せて多少頭数の減った雑役夫たちも戻り、彼らが荷車に乗せてきたのがすっかり動かなくなったゼタと、自分で歩く気のないモモックだったのだ。
モモックから聞いたところによると、グロリアはメッシャール戦の負傷者にわずかな回数しか使えない回復魔法を掛けて回り、その後も北方領で『荒野の家教会』の運営を助けるつもりなのだという。
ゼムリを死なせてしまった手前もあり、グロリアとは顔を合わせづらかったので、その点は助かった。
また、やはりアスロやジプシーの一党はメッシャール人との取引の為に東へ旅立ったらしく、これはロバートの配下が今後も見張り、定期的に情報を送ってくるそうだ。
もっとも、あのアスロやハメッドなんかが知られて困る情報をこぼすとも思えないので、知ることが出来るのは隠すに値しない情報のみだろう。
※
全く動かなかったゼタの金属鎧が動くのかは、やってみるまで分からなかった。
もし、動かなければ彼女の避けようのない二度目の死はあの丘で訪れたのだと思って受け入れなければならない。
そうでなくてもたくさんの人が死にたくもないのに死んだのだ。
そうして、鎧からゼタの魂が抜けていれば今度こそ当初の予定通り、適当な雑霊を封じて運用するのだと取り出した鎧はあっさりと動き出した。
「鎧さん、動いたね!」
アルが嬉しそうに言って飛びつく。
男嫌いのゼタもさすがに幼い子を振り払うことは出来ず、しかしそれでも嫌なことに違いはないらしく体がウネウネと動いていた。
「それで、アナンシさんの方の調子はどうだね?」
僕の胸に着いたコルネリを撫でながらサンサネラが尋ねる。
彼には帰還以来の不調を伝えてあった。
「ここだとまだ、薄いかな」
僕は小声で答える。
奥深くへ潜れば潜るほど、息苦しさはマシになる。
が、同時に迷宮から出るときには水からあがる時の様な倦怠感も伴う。
満足するまで深みに進めば、押し流されて二度と浮かんでこない予感があった。
「ま、足りないくらいで満足するしかないんじゃないかねぇ」
舌を出してサンサネラが首を傾げた。
僕だってそれはわかっている。
だからこそ、帰還してからもずっと、耐えきれなくなると半端な階層をうろついてごまかすくらいしかしてこなかったのだ。
どこかの一線を越えると、いつか見た成れ果てたちの様に、この迷宮をただ大遊技場としてしかみれなくなる気がする。
それが避けられないのだとしても、せめて日付を決めてそのために身辺整理くらいはしておかなければならない。
それが僕の現在地だった。
※
地上に戻った僕たちは、一団になって都市までを歩く。
と、ハリネが小袋を取り出してアルに渡した。
アルは慣れた手つきでそれを手にあけると、こぼさないように中身の塩をハリネの毛に擦り付けて行く。
「ハリネ、塩はまだ残ってる?」
僕は何となく気になった。
僕が北方領へ出発する前は塩の入手も難しかったが、今はどうなっているものか。自分で料理をしないので、その辺の事情に疎かった。
もし、塩が絶えて生命の危機に陥る様なら少しくらい塩の確保をしてやらなければならない。
だけど、ハリネは隠している小袋を背負った袋から取り出して見せた。
「この都市に来た頃よりも値段は数倍になったが、買える。ここのところ、いろいろな土地の塩が流れ込んできて、楽しい」
本来であれば南方に位置する港町で作られた塩が主だったはずだが、塩は腐らないので遠方から持ち込んでも利益が出せるのだろう。
「やっぱり、違いってあるものなの?」
ほんの興味本位での質問に、ハリネは一つの小袋を取り出した。
「これは、アーミウスの鉱塩。他のも陸地でとれた塩はだいたいわかる」
妙な特技もあったものだと想いながら、彼らにとって塩が生命に直結する重大なものであることを窺い知る。
「アーミウスか……今頃どうなってるのか想像もつかないねぇ」
サンサネラが目を細めて呟く。
「どがんもこがんもあるもんね。国の旗が替わったけんて土地がなくなるわけやなし。そこに住んどるもんがええごてしよろうばい」
モモックが先頭を歩きながら振り向きもせずに口を挟んだ。
アルを除いてここにいるのは故郷から離れた者ばかりだ。
そんな雑談を交わしながらたどり着いた都市の手前で、ラタトル商会の者が僕を待っていた。
どうもご主人に呼び出されるときにはあまりいいことがない。
僕はギーを誘い、他の仲間たちとはその場で別れると、ご主人の事務所へと向かうのだった。
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