第542話 報告事項
アスロと別れた僕は、とりあえず領主府へと向かった。
他にも行きたい場所は沢山あったのだけれど、嫌なことは時間経過と共に面倒を引き起こしそうなので後回しには出来ない。
入り口でロバートへの取り次ぎを頼むと、案外とあっさり執務室へ通された。本来であれば厳重な警備に目的などを何度も聴かれるところであるが、これがツーカーの仲というものだろうか。
内心では無作法に追い散らされてしまいたかった事に気づき、ため息を吐く。
「おい、早かったな」
上等な机を前に、ロバートが手を挙げた。
彼の顔を見た瞬間、強烈に胃が痛くなる。今回の一件を報告などしたくなかった。
「すみません。思ったほど食料調達を出来ず、帰ってきてしまいました」
隊商を連れて出て行ったのに、帰りは一人手ぶらだ。
この男ならそれを理由に首を斬りかねない。
そうなったら僕も抵抗せねばならないので、距離を取って密かに魔力を練る。
「ん、ああ。そうか。残念だったな」
しかしロバートは事もなげに言う。
「だが、シアジオに送らせた食料。アレは助かったぞ。その分の支払いについては後日、積算根拠と共に請求を出せ」
既に興味がなくなったのか、ロバートは机の上の書類に目を通していた。
「あの……それだけですか?」
僕は耐えきれなくなり、質問した。
ロバートは視線を上げると息を吸って言葉を放つ。
「ラタトル商会の会長が名簿を作ってくれたおかげでスムーズに新たな隊商が組めた。これをもってオマエのガルダ商会はお役御免だ。以降、公的な契約は終了したものとする。まあ、今北方に出ている連中の持ってきた分くらいは買い取ってもいいが」
つまり、食料を十分に高値で買い取る約束は終わったというのだ。
「そもそも、難民が大きく減ったからな。食料の需要もかなり落ち着いた。後は燃料と、資源の類いだが、木材については本領の御料林を近いところから順次、切り出して運ばせる段取りを取っているところだ」
「難民が減った?」
僕は首を傾げる。
大量に流れ込んだ難民はどこへ行ったと言うのか。
「だから、各々に仕事を振ったんだ。木の切り出しに木こりと馬子。御料林の近くで運搬用の車を作る職人、製品や食料の運搬に人足、それらを守る警備兵。港町には船大工を送り、余った連中は北方奪回軍として北方領へやった。もちろん、希望者だけだ。が、行った先で当面の食うための支度金を貸し付けたら皆、勢いよく飛び出していったよ。難民として面倒を見るよりも安く済む」
ロバートは面倒臭そうに数枚の書類を破る。
「要は、一箇所に人が集まりすぎるから不足がデカくなる。ならば分散させればいいというそれだけだ」
簡単に言うが、分散した先に食料や物資が欠乏するのなら、結局は野垂れ死にと群盗を増やすだけではないか。それはあまりに無責任が過ぎる気がした。
が、それはロバートの責任である。僕だって支える難民の数が減ったのなら楽になる面もある。
複雑な気持ちで頭を掻いた。
「ああ、そうそう。北方蛮族と戦ったんだろ。結果はどうなった?」
ロバートは今日一番の笑顔を見せる。
「途中まではずっと報告を聞いていた。現地の住民を集めて、戦争慣れしたジプシーの連中と手を組んで大軍を迎え撃ったんだってな。報告によれば、敵の別働隊が回り込みつつあるとは聞いた。が、その先はどうなった。なんでオマエは一人でここにいるんだ?」
すかした様な役人顔が引っ込み、ロバート特有の獰猛な表情が浮かんでくる。
「楽しそうですね」
僕は思わず皮肉を言った。大勢が死んだのだ。
あまり気楽に語って欲しくなかった。
しかし、ロバートは気にせずに頷く。
「楽しいよ。オマエも知ってのとおり家業が戦争屋だったんだ。ガキの頃から戦場に立つことを前提に育ってきた。実家を飛び出してからは傭兵団にも入ったし、部隊を率いたこともある。だが、何千もの味方を率いて、何万もの敵を迎え撃ったことはない。本当はなにもかも放り出して、最前線に飛んでいきたかったんだぜ。だが、我慢してせっせと都市の問題と向き合ってきたんだ。その機会に恵まれたオマエをうらやましく思いながらな。せめて話くらい聞かせてくれ」
今にも涎を垂らさんばかりに、心底から羨ましそうな表情で頼むロバートに急かされるのだけど、彼が知っている情報が何日前のものかもよくわからない。
僕は正直に、覚えている限りの事柄と、気を失って目が覚めたらこの都市に帰ってきていたことを告げた。
途端に男の目は詰まらなそうに細められ、書類に戻っていった。
「わかった。もう下がっていい。今からまた北方に行きたいなら、行ってもいいぞ」
言われて、僕はいろいろと置いてきてしまっていることに思い当たった。
はぐれてしまった人々や、メッシャール軍との結末も気になる。
だけど、僕は首を振ってそれを否定した。
「しばらくはこの街でやれることをやっていくつもりです」
北方へはだれか人をやって後の処理をしよう。
自ら望んだことではなくても問題から離れ、そうして生きて帰ってきたのだ。
死から見逃して貰った幸運を捧げるのだとすれば北方という土地のためではない気がする。
これから彼の元に届く情報の共有をお願いすると僕は領主府を辞した。
外に出ると北方よりもずっと暖かい風が吹いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます