【限定公開】第2章中挿話3 不信/恋心
ルガムの盾が壊れた。
盾とはいっても前腕に括り付けて使う、ちょっとした木の板である。
目的は敵の攻撃を受け止めるというよりも弾く、あるいは皮膚を守るもので、防具としては当然に最低価格の安物だ。
この日の冒険で、普段は上手く受け流す敵の攻撃を受け損ない、盾を壊してしまったのだった。
それでも盾のお陰で大した怪我もないのだから、やはり早急な装備の更新が必要である。
と、いうのは自分に対する言い訳だとルガム本人も自覚していた。
最後尾を歩く恋人に並び、そっと袖を引っ張る。
「あのさ……盾の替わりを買いに行きたいんだけど」
耳元で囁き、そのまま前を行く仲間たちと距離を空けた。
なぜ、そんなことをするかといえば、もちろん恥ずかしいからである。
普段、粗野なぶっきらぼうで通している自分が、恋人を誘っているところもそうだし、顔を赤らめているのも恥ずかしい。
もちろん、彼と恋仲になって以来、ルガムは彼にできる限り話しかけ、触れあおうと努めてきた。仕事柄、いつ死に別れるか解らないのだから、遠慮していたって今際の際で後悔するだけだ。
一方の彼もそれによく応えてくれている。
だけど、どうも特別感がない。
彼は、たとえば悩みがちなリーダーだったり、なにか言いたそうに暗い視線をじっと送って来る僧侶の少女だったり、自分より彼と肉体的接触が多いらしいリザードマンだったり。
その全員に気を回してフォローしている。
もちろんルガムだって気を回されているのだけど、それが恋人だからなのか、仕事仲間だからなのかは判別が着かない。
だからこそ、一歩進んで恋人としての特別な行事を行いたかったのだ。
つまり、二人での時間。
そういった意味で、買い物はいい口実にもなる。
そうしてガラにもなくルガムは照れながら勇気を振り絞ったのだった。
しかし、慣れないことは体調にでる。
心臓はドキドキと鳴るし、喉は渇く。手の平には汗がしみていた。
迷宮で魔物と向き合う方がよほど楽だ。ルガムはそう思う。
「うん、いいよ。行こう」
ルガムの決心とは裏腹に、恋人はへラッと軽く応えた。
もちろん、それは目的を達成する上で嬉しいのだけど、本当に特別な存在として見てくれているのか不安にもなる。
「僕も欲しいものがあったんだ」
多分、嘘だ。ルガムは直感から理解した。
恐らく、ルガムに気を遣わせない為のでまかせだろう。
不意に血が冷めていくのを感じる。
この男は嘘が上手い。意識的にか無意識にか、とっさに周囲の者が望む嘘をつくことが出来る。
もしも彼が本気になれば、自分なんて簡単に手玉に取られてしまう気がしていた。
油断がならない。でも同時に、彼にならどうされてもいい。
そのくらいは好きだった。
と、殺気を感じて顔を上げると、そこにはなんとも形容しがたい表情のステアがこちらを睨んでいるではないか。
まるで獲物を前にしたゴブリンの様な雰囲気に、思わずルガムは身構える。
「あの、お買い物……でしたら私もご一緒してもいいですよね?」
ぎりぎりと音を立てるように動いた表情がゆっくりを笑みを形作った。
しかし、ステアの中で高まった不満はまさに件の男によって緩和された。
「あ、ステアも一緒に行く? じゃあ明日の昼過ぎに迎えに行くから教会にいてね」
当たり前のように誘われ、ステアは表情をほころばせた後、小躍りするように歩いていった。
こんなことでステアと決定的に揉めるのはルガムだって本意ではない。
だけど、それでもやりきれない気持ちになって唇を尖らせた。
「じゃあルガム、今日はこのまま買い物にいこう。一度帰って着替えたら迎えに行くからさ、夜の町を一緒に歩こうよ。家で待っていてね」
ステアには聞こえないように彼が小声で呟いた。
同時に、ルガムの手がそっと握られる。
彼なりの気遣いである。それが解っていてもルガムの血は再び沸騰した。
ルガムは彼の優しさが嬉しく、同時にステアを払いのけない態度に腹が立つ。
それでも、肌の触れあいと体温の交換だけでどうしようもなく嬉しくなってしまうのだ。
本当に、どうしようもないくらい彼のことが好きなんだとルガムは噛みしめて手を強く握った。
「準備して待ってるからできるだけ早く迎えに来てよ」
できるだけぶっきらぼうに言って笑ってみせる。
当然、明日のステアとの買い物だって二人きりでなど行かせるものか。
ルガムは恋人に肩を力強く押し当てるのだった。
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