【限定公開】第2章中挿話2 料理上手
作る料理が旨そう。
それだけの事実がステアを打ちのめした。
ルガムが一軒家を借り、子供たちと引っ越す。
その手伝いにシガーフル隊は集まっていた。
とはいえ、大した荷物があるわけでもないルガム家の引っ越しは昼過ぎには終わる。
ルガムは仲間たちへのお礼を兼ねて賄いの昼食を出してくれた。
引っ越し作業の合間にルガムが材料を切ったり鍋をかき混ぜていたのをステアも見ていた。
そうして出てきた料理にステアは負けたのだ。
ルガムが作ったのは野菜とともに煮込んだ羊肉のスープと買ってきたパンだった。
そのメニューは日常よりは確かに奮発した御馳走かもしれない。
だけど、思いを寄せる男が他の女が作った料理に目を丸くしているのを見て、心穏やかでいられる乙女があろうか。いや、ない。
断じてないのだ。
ステアはスープの中の羊肉に齧り付いてみた。
塩蔵肉と骨の出汁が野菜の甘みと相まって絶妙な味付けをみせている。
「うぐぅ……」
思わず呻いてしまったステアにルガムがキョトンとした顔で話しかける。
「どうした、骨でも噛んだか?」
ズルい。絶対にズルい。
骨に着いた肉を歯でこそげ落としながらステアは思った。
普段、がさつなくせにこんなことが出来るなんて。
横を見れば男たちもホクホク顔で料理を口に運んでいる。
「ル……ルガムさん。なかなかやりますね」
どうにかそれだけ言うのが精一杯だった。
「おう、故郷の田舎料理だけどな」
へへ、と誇らしげに言うルガム。その横顔を意中の男がまぶしげに見つめているではないか。
ガラガラと足下が崩れたかと思った。
ただでさえ差をつけられている争いの、なにか決定的敗北のようなものを突きつけられた様な気がしたのだ。
食事が終わって解散し、ステアは宿舎に戻ったのであるが、その後に何を話したかなど覚えていない。
※
ステアは物心ついたころから教団に預けられ、共同生活をしていた。
その為、一通りの家事を苦もなくこなすことが出来る。
「でも、料理だけは……」
ベッドが並ぶ寝室でステアは虚空に向かって呟いた。
同室の女性が怪訝な顔をするが、気づかない。
そもそも、雪深い北方ではそれほど食生活も豊かではない。そのうえで粗食を旨にする教団に所属しているのだ。
料理が上手くなろう筈がなかった。
ステア自身、この都市にやって来てから見たこともない野菜や果物、料理に驚きはしたが、自らそれを料理するという発想にはついに辿り着かないままここに至っている。
教会の食事は混ぜ物の多いパンと麦粥、蒸した野菜、あとは野菜のスープ。それが決まりで、それで十分だったのだ。
自分で食べる分には今だってそれでいいのだけど、しかし、胃袋を掴むような戦い方をするのであれば自分も料理を覚えなければならない。
が、教団内に相談できそうな人はいない。
いつもは頼れる舎監の老婆だって、きっと美食への執着を窘めて終わりだろうし、個人的な料理の練習などという理由で食材や台所を使わせてくれるとは思えなかった。
ステアはベッドから身を起こして宿舎の書庫へ向かう。
せめてレシピ本でもないものか。
しかし、気づいたときには縁切りのまじないに関する本を読みあさっていて慌てて本棚に押し込む。
別にルガムをどうこうしたいというわけではない。
教会の規程でも第二夫人という道もある。
だけど、だけど……どうせなら一番に好かれたい。
ステアは初めて恋をして、初めて自分の貪欲さを知ったのだ。
もちろん、ルガムのことだって嫌いではない。それどころか友人として愛していると言っていい。
だけど、このまま劣等感を抱えては一緒にいられない。
結局、結論を出すことは出来ず、ステアは悶々としたまま書庫を出た。
と、礼拝堂を通り過ぎようとした瞬間に首飾りの鎖が切れた。
もともと傷んで切れかけていた鎖が、重さを支えきれなくなって途切れたのである。
首飾りはカツン、と爪先に当たり飛んでいった。
思わぬ勢いで転がった首飾りは、礼拝堂の明かり取り窓から差し込む光の、真ん中で止まる。
瞬間、ステアは天恵を受けた。
止めどなく涙が零れ落ち、その場にひざまずく。
愛とは料理の上手さだけが全てか。それならば世界一の料理人は世界中の人間から求愛されなければならない。
私が彼に寄せる思いは、果たして彼の料理が特別に上手いからか。さにあらず!
我々は愛する故に愛するのだ。
そこに料理の手腕など関係はない。
まったく、胸のつかえがとれたように清々しい。
「主よ、偉大なる主よ。お導きに感謝いたします!」
他に誰もいない礼拝堂にはステアの声が響くのであった。
人は見たいものを見て、信じたいものを信じるのである。
※
翌日、細々とした掃除の手伝いにきたステアにルガムは怪訝な顔をして尋ねた。
「おい、なんだか機嫌良さそうだけど、なにかいいことでもあったのか?」
ステアは満面の笑みで答える。
「苦難の道でも信じて、或いは尽くして歩み続ける他はないのだと気づいたのです」
まったく要領を得ない回答にルガムの疑問は深まるばかりだったのであるが、とにかくシガーフル隊決裂の危機は人知れずに回避されたのだった。
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