第533話 黄金の想い
最初の一撃はモモックから発せられた。
飛礫が赤光を残して空間を彩り、粘性の魔獣に突き刺さった。
ジュッという音を立てて、飲み込まれたものの正面がブツブツとへこんだばかりでこれといったダメージは見て取れない。
『風獣の牙!』
クロアートの魔法が発動し、風の刃が無数に斬りかかる。
迷宮にあって、巨大な魔獣にも深手を浴びせる攻撃が、しかし切断面はすぐに再結合してしまって効果は薄い。
「これ、なに。どこが急所?」
アスロは背負っていた火砲を脇に構えると火を着けた。
地面に固定して使うという大口径の銃だ。
ボンッ、と巨大な音を立てて爆発したそれは至近で命中した魔獣の体を一部引きちぎった。
火砲を投げ捨てると、アスロはメッシャール兵の死体から奪った曲刀を引き抜く。
グロリアとゼムリも武器を構えて僕の前に立ち並んだ。
「これが何かはもう、誰にも解らないよ!」
言いながら魔力を練り、発動する。
呼応するように前衛三人の武器が黄金色に光り始めた。
本来はその武器で大勢の魔物を殺し続けた結果、染み込んで魔法の武器と化すところを、一時的に魔力を貼り付けて無理矢理に再現する魔法である。
伸ばされた触手を広刃の短剣で打ち払うと、ゼムリはそのまま伸びた触手を切り飛ばした。
「よく斬れます!」
ゼムリは嬉しそうに言いながら、魔獣の本体に近づいて行くと踊るように短剣を振るう。
一息に六回振り抜かれた短剣は魔獣に傷をつけ、傷口も即座には塞がらなかった。
「さがりなさい!」
グロリアも長剣を構えながら叫ぶように怒鳴る。
それに応じて身を翻したゼムリは魔獣が背後から伸ばした棘状の触手から間一髪逃れる事が出来た。
『雷光矢!』
次の魔法が間に合って魔獣の中心に大穴を空ける。
しかし、それはすぐに周囲が押し寄せてきて埋めてしまった。
「あや、こらどうしたもんかねアイヤン?」
モモックも二発目を撃ってからこちらに問う。
「一応、利いてるよ。少しだけどね」
そもそも、魔力から分断された魔物なのだ。
行動でわずかに、こちらの攻撃で少し魔力の総量が減ったのを確認できる。
「そがいね。そんであとどんくらいで倒せそう?」
モモックの問いに僕は答えられず苦笑を浮かべる。
そもそも内包する魔力が膨大なのだ。その上で、周囲に魔力がない環境に対して順応してしまった。
想定していたよりも、存在することに対する魔力消費が極端に少ない。
「この調子でいけば明日か、明後日には……」
もしくは一ヶ月後、長くても数年の内には、なんて言葉はむなしくなるので飲み込んだ。
体を小さくして、表皮も半分硬質化させている。
完全に長期間の生存に向けての変化だ。これが戦闘能力偏重の順応じゃなかったのは僕たちにとってせめてもの救いか。
それでも、この手に余るのは間違いない。
「ああ、私は構いませんとも。精一杯踊り続けましょう!」
クロアートは胸の小袋から紙片を更に二枚取り出すと、自らの舌に載せた。
ブルブルと打ち震えながら、炎の様な熱い息を吐き出す。
『御盾よ!』
猛烈な勢いで突き出された魔獣の触手がクロアートの築いた魔法障壁で打ち払われる。
彼の順応度合いからすれば異常な程、高度な魔法だった。
「おお、我が聖なる父よ。すぐ側に気配を感じます。ああ、あなたの息が……!」
その後は言葉が濁ってしまって聞き取れなかったが、なるほど。
薬剤による酩酊で彼の信仰心が強烈に強まったのだ。
これは嬉しい誤算である。
多分、意思の疎通とかは無理そうだからあんまり連携とかは期待出来なそうだけど。
同時に前衛の三人が触手を避け、触手や本体を斬りつけている。
「悪くはなかろうばってん、こら、もたんばい」
いつの間にか大きく膨れたモモックが金属筒を使い、石を吹いた。
石は衝撃となって魔獣を揺らし、お陰でゼムリに迫っていた触手が逸れる。
すかさずゼムリは反撃をして、斬撃を重ねる。
クロアートは幸福そうだが、ゼムリも妙に楽しそうだった。
「コイツ、本当に死ぬ?」
アスロは困惑しながら、それでも滞りなく戦闘を行っている。
曲刀で切りつけた傷口に懐から取り出した布袋を押し込むと、後ろに飛び退いた。
「会長!」
アスロの意図を理解し、僕も次の魔法を唱える。
『灼炎!』
眩い炎が魔獣を炙るが、それほど効果のある様子ではない。
が、一瞬遅れてボン、とくぐもった音が響いた。
アスロが押し込んだ火薬が爆発したのだ。
しかし、脳髄も臓器も持たない魔獣にそれはどれほど効いたものだろうか。
一瞬の後にはまた当たり前に動き出してしまった。
『おお、眩い黄金よ!』
唸るようなクロアートの詠唱は何がどう作用したものか、遙か上空から等身大の石像が降ってきて魔獣を押しつぶした。
妙に神々しい老爺の石像は、目方相当に重いらしく魔獣を貫いて地面に突き刺さった。
「わぁ、すごい。アレはなんですか?」
ゼムリが聞くのだけど、僕が知るはずもない。
答えを知っているかもしれないクロアートはこちらの声など聞こえてはいない。
「これは、効いている様ですよ!」
油断せずにグロリアが呟く。
確かに石像に貫かれた魔獣はモゾモゾと藻掻いているし、それどころか石像に触れている部分はシュウシュウと音を立てながら煙を出しているではないか。
よく見ると石像は僧侶が用いる魔法の様な妙な気配を放出していた。
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