第516話 守護神

 魔法陣を魔力で皮膚の下に刻み、そうしておいて捕虜を解放すればメッシャール軍陣地で大爆発を起こせまいか。

 そんな純粋な好奇心から始まった試みはしかし、突如として与えられた衝撃によって中断された。

 勢いよく地面に転がったものの、突き飛ばしたグロリアに文句を言う前に彼女は短剣を引き抜いて襲撃者と打ち合っていた。

 突き飛ばされる直前まで僕がいた空間を撫でた斧はシュルシュルと唸りを上げ、飛んでいったので、グロリアに対する文句は一端引き下げる。

 コルネリの索敵に引っかからず、直前までグロリアにも察知されない。そんな連中が雑兵のわけがない。

 影から湧いたような六名の襲撃者はいずれも軽装で、手には小さな手斧を持っていた。

 グロリアの短剣で一人が腹を割かれ、はらわたをこぼしながら崩れる。

 しかし、その隙を三人がかりで突いてきた。

 おそらく迷宮内であれば高品質な重装備を活かしてグロリアの圧勝だっただろう。

 だけど今の彼女は身軽な平服姿である。

 一人目の斧をかわし、二人目の攻撃を短剣で受ける。三人目の斧は避けきれず刃が肩に叩き付けられた。

 肉を裂かれた肩から鮮血が吹き出るが、グロリアはそれでもひるまず襲撃者たちをいなし距離を開けた。

 

『雷光矢!』


 転がったまま発した僕の魔法が上手く一列に重なった襲撃者をまとめてバラバラにする。

 最後尾で魔法を見て驚いた表情を浮かべているのは襲撃隊の指揮官だろうか。

 急降下したコルネリの攻撃で何事かする前にその首は千切られて飛んでいき、首の無くなった体は血を噴いてどうと倒れる。

 残り二人。

 そう思った瞬間、ドンと音がして一人が倒れた。


「格好良く二人で大丈夫や言うたくせに、なにやっとんねん」


 少し離れたところでハメッドが構えた銃からは煙が出ていた。

 

「まあ、ええんやけどね」


 弾を撃った銃を捨てると、ハメッドは素手のままスタスタと襲撃者に近づいていく。

 最後に残った襲撃者を凶悪な笑みで睨み付けながら、ハメッドは距離を詰めた。

 その凶相は獲物の視線を自らに縫い付け、逸らすことを許さない。

 グロリアが回復魔法で自らの怪我を癒やし、僕が倒れた状態から起き上がるわずかな間。

 襲撃者は我慢が出来ないかのようにハメッドに飛びかかった。

 斧の一閃を上半身のみで避けると、体勢を戻しながらハメッドは軽く左腕を突き出す。

 拳は襲撃者の鼻に当たり、ひしゃげさせる。

 次いで右手が振られ、手の平が敵の耳を叩いた。


「どうせ、睨み合いで暇やったからよう」


 再び伸びた左腕が襲撃者の上腕を撫でる。

 どこを触ったものか、襲撃者は顔を歪めて斧を取り落とした。

 と、両手で相手の頭部をがっちりと掴む。


「遊んでくれや、兄ちゃん」


 次の瞬間がどうなるかなんて、襲撃者もわかっていたはずだ。しかし、身じろぎもできぬままハメッドの頭突きを顔面に受けた。

 ものが潰れるような音が響く。

 痛々しい一撃は襲撃者の戦意を完全に折ったらしい。

 勘弁してくれとでも言うように手が顔の前に上げられたが、開いた脇腹にハメッドの膝が突き刺さった。こちらも骨が折れる音を響かせる。

 膝から力が抜け、襲撃者は崩れ落ちた。


「なんや、もう終わりかい」


 失望した様にハメッドは襲撃者を蹴り倒した。

 強い。

 僕は改めてハメッドの実力に驚く。

 アスロも強かったが、なんというかこの男は凄みが違う。

 そのくせ、既にいつも通りの表情で倒れた死体を眺めていた。


「まあ、互いに膠着してるからこう来るやろうなとは思ってたけどな。うちからもアスロがアンタんとこの連中率いて向こうにお邪魔してるやろ。結局戦争は嫌がらせの積み重ねやからな」


 などと言っている間に、崖下に広がる市街地から煙が上がり始めた。

 おそらくアスロたちの仕業だ。

 この街から撤退する僕たちと違い、メッシャール軍はここを仮の宿営地に定めていた。

 この街が壊れて困るのは一方的にメッシャール側なのだ。

 煙の数は少しずつ増えていき、やがて所々に火の手が上がる。

 

「火を着けたらアスロらも帰ってくるやろ。流石に本陣に突っ込むのはしんどいからな」


 ハメッドは銃を拾うと、死体から斧を取る。

 

「会長さん、アンタ魔法使いやったんやな。なるほど、腕を自慢するだけあるわい」


 『雷光矢』でバラバラになった死体を蹴り飛ばす。

 この男は先ほどの戦闘を観察していたのだ。その上で、出てきて自らの力を並べて見せたのだ。

 

「旅の途中で魔法使いも何度か見たことはあったが、その中でもアンタは頭抜けてるよ。まあしばらくは仲間なんやから、仲良くしてくれや!」


 腕が一振りされ、ハメッドが握っていた手斧は先ほど蹴り倒された襲撃者の額に深々と刺さっていた。

 

「ワシら芸人やからよ、刃物投げも得意やねん。踊りも、歌も、なんでもやるぞ。金になるならな」


 ハメッドはいたずらっぽく笑うが、これは僕への牽制だ。

 となればこちらからも少しくらい返しておかなければなるまい。

 

「僕は不器用なので魔法の他に出来ることはないんです。後はせいぜい可愛い相棒に懐かれているくらいで」


 手を伸ばした先に、コルネリがドサリと落ちてきた。

 僕の警戒が向けられたハメッドに向かい、牙をむき出す。


「大きいネズミに大きい蝙蝠。動物使いも十分な芸やで。それでグロリアの姉ちゃんも芸達者やし、二人してアスロよりよっぽど面白いわ。アンタらがうちの一族に入りたいっちゅうんなら歓迎するで」


 これはハメッドなりの賛辞なのだろうか。

 危険な男は楽しそうに言うのだった。

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