第512話 釘付け

 轟音が響き、両手で塞いだ耳の上からも頭を揺らす。

 耳に粘土を詰めたジプシーの男たちが発砲した銃を持って振り返ると、後ろには装填が完了した銃が用意してあり、空になった銃と交換される。


「準備ええか、ほな構え!」


 列を組んだ銃兵隊の脇で、腕を組んだハメッドは銃声に負けない様な大声で号令を出した。

 

「ほら、こっちもしゃんしゃんやれや。命が懸かってるねんぞ!」


 リリーもハメッドに負けない声で周囲に声を掛ける。

 銃兵隊の背後では倍する数の人数が弾込作業にあたっていて、その頭目がリリーなのだ。

 おおよそ六十名の撃ち手に対して五百丁の銃が用意されており、ジプシーたちは撃ち終わっても即座に次の射撃に移れるよう体制を築いていた。


「ほとんど当たってないじゃないですか!」


 耳を押さえながらグロリアが前方を睨む。

 声が荒げられるのはおそらく、発砲音の影響だろう。

 

 僕たちは小高い丘の上に建つ穀物倉庫の周囲に布陣していた。

 とはいえ、穀物倉庫はすでに分解されてしまい、ほとんど残っていない。街に残っていた王国民を動員し、突貫作業で簡易な木柵に換えてしまったのだ。

 そうして作った木柵を夜の内に設置したあと、食料とともに大部分の住民はグロリアが主張する川の向こうへ移動させた。

 とはいえ、メッシャール軍に追われるとあっさり追いつかれてしまうので誰かが居残って足止めをする必要がある。そこで、こうやって派手にメッシャール軍の耳目を引きつけているのだ。

 丘に登る大きな道は柵で塞いだし、丘の周辺はちょっとした崖になっている。

 もちろん、崖だって頑張れば登れる程度のものだけど、最大の脅威は騎馬で乗り込まれることだというので、ここに陣取ったのだ。

 

「撃て!」


 ずっと向こうで一団になってこちらを睨んでいる百名ほどの連中が、轟音とともにバタバタ倒れた。

 といっても倒れたのは五人ほどなので敵の総数からするとわずかなものだ。

 

「撃ち手は休憩、交代で見張っとれ!」


 ハメッドは大声で怒鳴ると敵を睨みつけた。

 

「あの連中、ビビってしもうとるな。もうちょっとこちらに寄ってくれたら効果もデカなるんやけどな」


 ハメッドの言うとおり、メッシャール兵たちはこちらを遠巻きに眺めたまま近づいてこようとはしない。

 かといって迂回などの具体的行動をしようともしていないので、突然現れた抵抗勢力に戸惑っているのだろう。


「ボチボチやっとったらええねん。このまま日が沈むまで近づいて来んかったらそれに越したことは無いんやから」


 ユゴールが穀物倉庫から出してきた机に座ってダラリと言う。

 住民や物資が出発したのは払暁時だったが、次の日没後が僕たちの脱出予定時刻だ。たしかに戦わずにすむのであれば、ある程度注目させ続ける以上の目的がこちらに無い以上最良の結果でもある。

 

「そう甘い連中やったらええけどな。じきに建物沿いにでも近づいて来るぞ」


 ハメッドは耳から粘土を取りながらユゴールの隣に座る。

 銃撃は壁を挟むと極端に威力が減じられるとのことだが、幸いに丘の近くには小麦畑ばかりがあって建物はほとんどない。

 それでも、農具小屋などが点々と建っており、簡易の盾には利用できそうだった。


「向こうから来ないのなら今の内にあの小屋も壊して来ましょうか?」


 グロリアがまだ痛むらしい耳を押さえながら言う。


「いや、ええよ。丘の上やからここまでは届かんけど、アイツら狩猟民族やからやたらと弓が上手いねん。のこのこ降りていったらあっちゅう間にハリネズミや」


 話しの流れでユゴールは思い出したように手を打った。


「そや、ネズミで思い出したがあの大きいネズミの子はどこ行ってん。ワシ、昨晩せがまれたからありったけの毒を渡したがな。その支払いは会長さんでええんやろ?」


 そういえば忙しくてバタバタしていたけど、モモックが何かやってくると言っていた気もする。

 世を儚んで、どこかでひっそり服毒自殺をするような性格でもないので、なんらかのイタズラをしに行ったのだろう。

 と、上空を舞うコルネリの警戒に一団の人影が引っかかった。


「そんなことより、裏から五十人くらいが登ってきますね」


 僕が崖を指すと、ユゴールとハメッドは顔を見合わせる。

 しかし特に否定するつもりもないようで、ユゴールはギョロリとした眼を僕に向けた。


「どないする。ウチの連中、ナンボか回そうか?」


「いえ、僕とグロリアで大丈夫でしょう。ちょうど手駒も欲しかったところですし」


 僕の護衛はグェンを含めて全員、アスロに預けてしまっていた。

 グロリアは崖の方へ僕の先を歩きながら、大きなため息を吐く。


「本当に残念です。この街には知人も住んでいたし、歴史もあるんですけどね」


 それなりに大きな街だ。

 おそらく数万人が居住していたのだと思われる。

 しかし、その人たちに生活や想いがあったように、メッシャール人たちにも譲れない想いがあったのだ。

 それがぶつかれば命のやりとりと破壊しか残るまい。

 

 崖から覗くと、向こうから身を屈めたメッシャール人兵士が近寄ってきていた。

 半数程度が弓を携え、残りは大きな一枚板の盾を構えている。

 戦闘になった場合、弓で援護しつつ盾を上に向けて崖にとりつくつもりだろう。

 崖の高さは大人の五人分くらいだろうか。それもゴツゴツした岩が露出しているので、登ること自体は容易そうだ。

 そうしてこれが大事なのだけれど、崖の下くらいまでは十分に魔法の射程範囲に入ってくる。

 姿を隠し、息を殺していると彼らは慎重に崖を上り始めた。

 なるほど、大きな板は盾だけではなく梯子の働きもするのか。

 すぐに一人目が崖を登り切り、あがってきた。

 二人、三人と登り終えたところで僕は魔法を発動する。


『窒息せよ!』


 対象の周囲から空気を取り除く呪文により、崖下で矢をつがえる弓兵たちは顔色を変え、もがきながらバタバタと倒れていく。

 同時に飛び出したグロリアが三人の敵兵を素手で打ちのめした。

 驚いたのは崖を登る途中の兵士たちだろう。


『火雷!』


 続けて放たれた僕の魔法に逃げ場もなく、次々に燃え上がりながら落ちていくのだった。

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