第511話 ボタ拾い
僕とアスロは少し離れて二人きりになった。
「それで、アスロは何か言いたいことがあるんでしょ。話してよ」
アスロはその問いに渋い顔をすると頭を掻き、やがて口を開いた。
「ハメッドさんが言うほど、銃って強力じゃないんだ。嘘は言っていないんだけどさ」
その言葉は何となく申し訳なさそうで、それが僕に対する申し訳のなさなのか、ユゴールたちに対する申し訳のなさなのかはよくわからなかった。
「銃っていうのは火薬を使うんだけど、まず雨が降ったら火薬が湿気って使えない。発射された弾丸は確かに遠くまで飛んで行くけど、まっすぐ飛んで行くわけじゃない上にどう曲がるかはその時々だから当てられるのはせいぜい二百メートルくらい。ちょうどあの家の壁あたり」
知らない単位が出てきたのだけど、アスロが指で遠くの家屋を示しているのでおそらくそこまでの距離のことだろう。
「しかも一回撃つと、次に撃てるように再装填するのに結構時間がかかるんだ。二百メートル向こうにいるのが騎兵なら次の射撃をする前にはもうこっちに到達してる。それに火薬だって銃弾だって消耗品だから、それなりの量を持っては来てるだろうけど弾薬が切れたら銃はもう、なにも出来ない。それに衝撃が強いから銃の部品だって、何十発か撃ったら壊れてくる。そうなったら作った工房に持って行かないと修理も出来ないよ」
はぁ、なるほど。
随分な欠陥武器を高値で売りつけようとしてくれたものだ。
もともとはメッシャールに売りつけたかったのだろうけど、その売れ残りを僕に押しつけたかったのだろうか。
「でも、ハメッドさんは大きな音がして馬が驚くって言っていたよ。あれはどうなの?」
相手の騎兵が脅威である以上、出足を挫けるのは大きい。
しかし、それもアスロが首を振った。
「爆発は銃の中で起きるんだ。もちろん、着弾地点にも音は到達するだろうけど、一番うるさいのは撃つ人だよ。だから馬が暴れるとすれば、敵よりもまず味方。敵の馬が怯むのは眼と鼻の先で撃った時だけ」
考えてみればそれもそうか。
僕は納得して頷く。
「でも、アスロは何でそれを僕に教えてくれるの?」
彼がユゴールの一味であるのなら黙っていた方がよかっただろう。
「戦争をするなら、司令官にはきちんとした知識を持っていて欲しいから。敗戦って、本当に禄なことないしさ」
「ああ、そういえばアスロは軍人だったんだよね。君から見て、僕たちはメッシャール人に勝てそう?」
僕の問いに、アスロはふと真顔になった。
そうして一息の間、無言で考え込み頷く。
「軍人とは言っても士官教育を受けたワケじゃなくて、俺の本務は小規模部隊の指揮、浸透、暗殺、破壊工作、遊撃だからあんまり大局的なことはわからないんだ。ただ、まあ向こうは遠征軍でこちらは防衛軍だとすれば、軍兵や物資の補給が潤沢に出来れば勝つんじゃないかな」
言葉の意味が分からない単語も並ぶものの、勝ち目があるということでいいのだろう。
というよりも、物資の補給はともかく兵員の補給はロバートがどうにかしてくれるだろう。
「ところでアスロは何が欲しくてメッシャール人と交渉したの?」
ユゴールの言葉を借りれば、彼の国はこの辺りよりも遙かに先進的な技術を持った国らしい。
だとすればわざわざ辺境まで来て、いったい何を求めたものか。
ほんの一瞬、アスロはためらったけれども、頭を掻いてから答えてくれた。
「石炭さ」
「石炭?」
あまり耳慣れない言葉に僕は首を傾げる。
「地面から採れる炭だよ。火持ちがよくて最新の鉄鋼業では必須の品なんだ。つまり、西の方ではたくさんの炭坑が開発されて、莫大な量の石炭が燃やされているんだけど、これも有限でね。炭坑が枯渇する前に目端の利く連中は新たな炭坑を探している」
つまり燃料が欲しくて遠くまで買い付けに来たと言うのだろうか。
それなら求めるものが多少違っても僕らに大きな差はない。
「ボージャ家も山師を雇って有望な炭坑を探させているんだけど、メッシャール人の本拠地近くでいいのが見つかったんだ。こういうのは最初に採掘を始めるのが大事で、他の勢力に情報が流れる前に採掘権を確保したい。旦那様は今回の件にもの凄く大きな金を投じている。失敗すればボージャ家は破産するだろうし、うまくやれば大陸貴族の中でも大きく躍進する。立場上、俺も必死だよ」
馬車の上でボンヤリと空を見つめてばかりいたアスロだが、その内心には焦りが常に渦巻いていたのだろう。
「俺じゃ、交渉が出来ないんだ。だから戦争に負けてユゴールさんたちが散り散りになったら困る。だから会長さん、勝ってくれよ。俺も出来るだけのことはするから」
表情や声色を見ればその言葉は嘘ではないのだろう。
「負けたら困るのは僕も一緒だから、僕も頑張るよ」
大きな開発事業には大勢の人間が動き、大量の物資も動く。
なにより運搬に隊商も必要だ。この辺でうまく渡りを付けることが出来れば、僕も大儲けが出来るかもしれない。
そのためにも出来るだけアスロに感謝されねばならないのだ。
僕は胸を張って、出来るだけ頼もしくアスロに言うのだった。
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