第510話 Win-Win

「はぁ、戦争でっか」


 場所を動かしての雑談でユゴールは眼を丸くした。

 やや郊外で荷物を広げたジプシーたちの近くであるが、彼らは露天も開かずダラダラとしている。

 ハメッドが言うには「軍隊相手に戦場で商売するのは気を使う」かららしい。

 

「ええ。既にこっちの国は侵略を受けていますんで、戦争はとっくに始まっていたともいえるんですけどね」


 僕は木箱で作られた椅子に腰掛けてユゴールに言う。

 一応、ロバートからの任命書を見せると僕が即席の領土防衛軍司令であることを彼らは信じてくれた。

 

「要するに、僕たちもそれに参加するという話しです。というわけでメッシャール人と取引したいあなた方とは利害が反目すると思いますので、この辺で別れましょう。あなた方の商売の成功をお祈りしています」


 僕の周りにはグェンが送ってよこした用心棒が三名、周りを固めている。

 万が一、僕の首を取りに来てもやすやすとはやらせない。

 しかし、ユゴールのギラついた目線と脂ぎった声を遮る物はなにもないのだ。


「水くさいこと言いなや、会長さん。メッサラのボケどもバチバチにシバきあげるんやったらワシらもお供しまっせ」


 その言葉に驚いたのは僕よりもむしろアスロだった。

 

「ちょ……ユゴールさん。ボージャ家からの命令が」


「アスロ、ちょっと黙っとけ」


 アスロの尻を蹴りつけてハメッドがあからさまな愛想笑いを浮かべる。

 

「ええやん、ワシも賛成やがな。泣きながら勘弁して下さいて言うまでやったるがな」


 この笑顔を頼もしいと思えるのは彼の身内だけだろう。

 僕は心底から嫌な予感しかしない。

 

「いや、だって商談はどうするんですか?」


 アスロならずとも気にはなる。

 彼らは遠くからわざわざやってきたのだから、その命題を無視するのはおかしい。


「さっき、不運な司令官閣下と話させてもろてんけど、まだ買い時じゃなかったみたいでな。アンタも食料は買えんかったやろ。なんせ今から必要やもんな。ところがワシらの持ってきた土産は今、オテテにいっぱいものを持っとるからいらんて言われたわ」


 へっへっへ、と笑いながらハメッドは近くの木箱を指した。


「今まで戦争の準備してたら、相手が勝手に崩れたんや。そら、武器も人手も不足はないやろ。しかし、アンタらはどないや。戦う準備できてるのか?」


 近くにいたジプシーが木箱の蓋にナイフを差し込んでこじ開ける。

 中には薄黄色い布に包まれた物品がいくつも並んでいた。

 ジプシーは布から一本の金属棒を取り出すとハメッドに放った。

 細い金属製の筒。銃だ。

 しかし、アスロが持っていた物よりもずいぶんと長くて細い。

 受け取った銃をクルリと回して構えたハメッドは、笑いながら先端を指した。


「ここから鉛の弾丸が向こうに飛んでいく。飛んでいく距離は弓矢よりも長い。当たれば人間なんかイチコロやし、ゴッツい音がするから馬もビビる。西の方で作られている最新式の兵器や。アンタらは欲しいやろ」


 決めつける様に言い、銃を僕に押しつける。

 手にするとそれは冷たくて鉄臭く、見た目よりもずっとズッシリとして重たかった。

 

「こんな物を貰っても、訓練していない僕たちには持て余しますよ」


 握る箇所や押さえる場所、おそらく弾丸発射の機構まで習うまでもなくぼんやりとわかる。

 しかし、それでもなにがどうなっているのか不明な点も多い。

 そもそも、勇敢な北方蛮族と違い、こちらにはぜんぜん兵隊がそろっていないのだ。

 いくらこちらが腕利きでも一度に数千も押し寄せられたら勝ち目などありはしない。

 やはり当初の予定通り上級冒険者から構成される用心棒などを使い、奇襲や嫌がらせで足を鈍らせ、ロバートが送る軍隊の到着を待つのが妥当だろう。

 

「アホか、そんな高級品を誰がやるっちゅうてんじゃ。武器と、それを操れるワシら銃兵部隊六十。アンタに一日ナンボで貸したるて言うてんのやないか」


 ハメッドの手は素早く動くと僕の手から銃を取り上げた。

 

「その後にやね、ワシらは血反吐吐いて困っとるメッサラ君らに優しく手を差し伸べたるわけや。どないだ会長さん。そういうのを相互利益っていうんやで」


 ガッハッハと笑うユゴールの向こうでアスロが複雑な表情をしているのが気になった。

 

「アスロがさっき持っていたヤツは銃じゃないんですか?」


「さっき? ああ、あれは城攻めとかに使うまた少し別の武器ですわ。地面に固定して大きい弾を出すっちゅう。騎馬民族のメッサラにはあんまり効果もないでしょう。ああいうゴツいのを砲っちゅうですけどな」


 ユゴールが顎でしゃくるとジプシーの男たちが木箱から先ほど見た物と同じ武器を二人がかりで取り出した。相当に重たいのだろうが、アスロは平然と小脇に抱えていたので、あの二人が際だって非力なのでなければアスロが怪力なのだろう。


「ええと、それじゃあアスロ。何か言いたいことがあれば言ってくれる?」


 質問に横から口を出そうとしたユゴールを手で制し、ハメッドも視線で黙らせた。

 ユゴールは大きく息を吐くとアスロに向かって口を開く。


「アスロ、会長さんはワシらみたいな言葉の軽いもんやなしにオマエと話したいそうや」


「だいたいその認識で間違いないですね。嘘つきにはそもそも喋らせるなというのが、ガルダ商会の先代会長から得た学びでしたので」


 僕の言葉にユゴールの額には青筋が浮いた。


「そら結構な教えで。先代さんとはワシ、嘘つき同士で話しが合いそうやわ」


 それはその通りかもしれないなと思いつつ、僕はアスロを見つめるのだった。

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