第509話 悪足掻き
「アイヤン、あれアンタ気軽に使うね」
僕を見つけて寄って来たモモックが嫌みを言う。
「まあ、便利だからね」
僕も適当に返す。
悪魔たちは旺盛な意欲を持って次から次にメッシャール人兵士を痛めつけているのだけど、それも仕方がないことで彼らは魔力の薄さから猛烈に苦しんでいるのだ。
本来、迷宮の深層など魔力の濃い場所でなければ召喚できない筈の魔族を地上に呼び出すというのは相当に無茶な行為で、本来なら成立しない。
それをウル師匠から習った術やアンドリューの知識、そうして成れ果て狩りをして集めた秘術などを寄せ集めて、強引にやったのだ。自分でいうのもなんだけど、相当に高度な技術である。
そうして顕現した悪魔たちは餌にした魔力をすぐに使い果たし、苦しんだ末に藻掻いて死ぬ。
しかし、彼らが苦しみから逃れる術が一つあり、それが周囲の人間を殺戮し、苦痛を与えることである。彼らは他者の苦痛を糧とし、体内で魔力に変換することが出来るのだ。
つまり魔力の希薄な地上であっても彼らは殺し続ける限り生きていることが出来る。
もちろん、僕だって狙われる可能性はあるのだけど彼らだって馬鹿じゃない。
手こずる相手と簡単に殺せる大勢の獲物なら後者に飛びつくのだ。
メッシャール人たちは突如現れた悪魔たちに混乱と苦痛を与えられ、気前よく命を差し出している。
この作戦にグロリアが文句を言うかと思ったものの、特段の反対意見はなかった。
まあ、いつか迷宮でステアが呼び出した禍々しい巨人に比べれば可愛いものだ。
「ばってんが、そがん上手くもいかんめ」
僕たちはメッシャール軍の陣地のすぐ近くに立っているのだけれど、確かに悪魔たちの動きは鈍りつつあった。
なんせ、獲物に逃げられると死ぬのだ。
混乱して立ち尽くす者と向かってくる者を殺し尽くすまでが彼らの残り時間であるとも言えた。
「とりあえずの嫌がらせだから、ある程度数が減らせて怖がらせることができればそれで十分だよ」
と、兵士の中から筋骨逞しい男が一人出てくると、悪魔と打ち合い始めたではないか。
これだけ大勢の戦う者がいれば中にはそういう者もいるだろう。
「モモック、あれ撃ってよ」
僕の頼みに嫌そうな表情を浮かべながらも、モモックは鉄管を咥えて石を吹いた。
狙いは過たず勇敢な兵士は胸に大穴を開けて倒れる。
「グェンから聞いたばってん、戦争するとやろ。なんか、その前に決着が着きそうね」
モモックは鉄管を手でもてあそびながら僕の方を見てきた。
「いや、それは難しいよ。あの陣地も向こうまでずっと広がっているしさ。かき乱せてもこの辺りだけじゃないかな」
遠く混乱が聞こえるのだけれど、僕はそもそも後衛であって前には出ない。
戦争になったとしてもその立ち位置を変える気は無かった。
と、悪魔の一体が爆ぜた。羊に似た頭部が突如として消し飛んだのだ。
一瞬遅れて、ドンというような音が腹に響いた。
「あれは……銃?」
怪訝そうな表情でグロリアが呟く。
視線の先には真っ白い煙が高く上がっていた。
煙の発生源は建物などで全く見えないが、悪魔たちの一部はそこに人の気配を感じたようでそちらに進んでいく。
「姉ちゃん、銃っちゃなんね?」
モモックがグロリアに聞いた。
僕もその言葉の意味は知らない。
「はるか西の方で作られているという武器の一種です。こう、火薬といって火を近づけると爆発する粉があるんですが、その勢いで金属製の弾を飛ばす道具です」
おそらく彼女なりに丁寧に説明したつもりなんだろうけど、さっぱりわからなかった。
「ええと、爆発するんなら火をつけた人も危ないんじゃないの?」
僕が問うとグロリアは首を傾げて言葉を探した。
「あの……銃というのは火薬を詰めた筒なんです。一方が塞いであって、私も現物を見たのは宣教の旅の途中で二度だけですが、銃そのものも火薬も弾丸も、ものすごく高価なので貴族の鹿狩りなんかに使われているんです」
「それは……つまりこんな感じ?」
僕はモモックの鉄管を指して言う。
グロリアはモモックの鉄管に視線を落とすと曖昧に頷いた。
なるほど。モモックであれば空気を使い、歯で整形した石ころを使うところ、銃というのは火薬というものと整形した金属を用いるのだ。
「ああ、なるほど。すこしわかったよ」
「しかし、あがんデカか音ば立てよったら鹿なんて寄ってこんめえもん」
僕たちはそれぞれに納得をして再び煙の上がった方を見る。
頭を吹き飛ばされた悪魔はこの世の本来の理に従って分解されグズグズに溶け始めていた。
最大の問題はその銃という武器に悪魔を殺しうる威力があるということである。
悪魔といえば迷宮冒険者でもそれなりに順応を進めてからじゃないと相手にならない恐ろしい存在である。それを離れたところから屠るというのだ。
そんなモモックみたいな存在が敵に何人もいれば相当に厄介だし、後衛を気取っていても危険になる。
「いえ、私もそれほど詳しいわけではないので」
グロリアは呟いて悪魔の方に顔を向ける。
しかし、いくら待っても一向に二度目の轟音は鳴らなかった。
「じゃあ、その銃ってやつで攻撃されても嫌だし僕たちは逃げようか」
僕の提案にモモックが笑う。
「アイヤン、相変わらず肝の細かな。どうせなら銃ってやつの面を拝んでこよう、くらい言やよかとに」
しかしそう言うモモックもグロリアも撤収自体に異論はないらしく僕たちは町の方へと足を向けた。
この基地が混乱しているうちに穀物庫の襲撃を終わらせなければならない。
そう思って歩き出した瞬間、グロリアが勢いよく振り返る。
驚いて僕も後ろを振り向くと、基地の方からユゴールを先頭にハメッドとアスロの三人組が走って来ていた。
「や、会長さん。この辺には恐ろしい化け物がいますのう。お陰で話し合いがパーでっせ」
ぜえはあと呼吸を荒くしながらもユゴールは陽気に声を掛ける。
しかし僕はその後ろ。アスロが抱えている金属製の棒に視線を奪われていた。
真っ黒い金属の筒。
「あれが銃ですね」
グロリアが耳元でささやき、僕は頷くのだった。
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