第507話 悪意
なんのかんのといったところで、地上の人間は魔法に対する耐性がない。
障壁を作って攻撃魔法を軽減する事もないし、装備品だって対魔法能力を備えてはいない。普段から向き合う怪物や冒険者と比べれば一人一人と対峙すること自体は容易い。
おかげで建物内や路地裏のメッシャール人を襲いながら、一時間の間に五十人ほど殺すところまでは滑らかに進んでいった。
今し方、路地裏を覗き込んで大声を上げようとした若者は、飛来した短刀に喉を貫かれて絶命している。
死体を路地に引っ張り込みながらグロリアは油断なく周囲を見回していた。
「騒がしくなってきました。そろそろ私たちの存在が気づかれるのも時間の問題ですよ」
それはそうだろう。
目立たないところで殺してきたとはいえ、死体を消滅させた訳ではない。
いくつか見つかれば何者かがメッシャール人を殺して回っているのだとすぐに理解できる。
そうなると犯人捜しが始まり、じきに僕たちは追い詰められる。
一人一人が問題なく片付けられることと大勢の兵士を倒せることは同義ではない。
強力な用心棒を抱えながら結局は追い詰められていった『恵みの果実教会』を思い出すまでもなく、追い立てられて討ち取られるのだ。
こういうとき、役に立つのは手数に限りがある魔法使いの僕や暗殺者崩れで僧侶から戦士に転職したグロリアではない。おそらく大勢を相手にしても一歩も引かず戦い続けることが出来るノラかグランビルだ。
とはいえ、いない人物を頼ることはできない。
「もともと百人や二百人を殺したってあんまり影響はないんだけどね」
「……じゃあ私たちは一体何をしているんですか?」
グロリアが死体を陰に押し込みながら怪訝な表情を浮かべる。
「嫌がらせ」
僕は端的に回答してみた。
「嫌がらせ?」
驚いた表情でグロリアが振り向く。
ひょっとして彼女はこの行動にもっと深い意味があると思っていたのだろうか。
「だって嫌でしょ。突然、仲間が大勢殺されたら。単純に悲しいし、次は自分かもしれないと怯えることにもなるしさ」
それはそのまま、メッシャール人に蹂躙されたこの街の住民の 気持ちでもあるのだろうけど。
「勝ってる、あるいは有利な方の軍の兵士は死ぬのが怖くなるんだって聞きまして。怯えさせることが出来れば出足も鈍るかもしれないし、食料が盗まれれば戦えなくなるかもしれない。明確な効果は観測できなくてもどれか効けば儲けものだよね」
僕はだんだんと楽しくなってきていた。
どうもこの、遭遇した端から敵を皆殺しにしていくという行為に馴染みがありすぎるのだ。
戦争や軍人なんてとんでもないといつも思っていたのだけれど、分解すれば好ましい部分もあったものだ。
路地の反対側から覗くと、十名の兵士が険しい表情で打ち合わせをしていた。おそらく死体が見つかった件を聞かされ、その上で具体的な命令も受けずに浮き足立っているのだろう。
どいつもこいつも僕と同世代の若い下級兵士たちである。
僕は路地を戻って先ほどの死体に魔力を通した。
邪法にグロリアは目を細めるが、事態が事態だけに反対を唱える気は無いらしい。
「じゃあ、あの人たちを殺してきてよ」
僕が指を指すと死体は腰の短剣を引き抜いて路地に走り出ていった。
ドタドタと走り寄る死体に若い兵士たちはすぐ気がついたものの、首に生々しい傷を持ち事実として致命的な量の血液が衣服を濡らし、まだ乾いてもいない死体にギョッとして身を竦めた。
『眠れ!』
路地の中から唱えた魔法により、兵士たちは全員意識を飛ばす。
死体が蘇り生者を襲うというのはこれも嫌だろう。
気絶した兵士の腹に短剣を突き立てる死体を見て僕は頷いた。
案外と悪くない。
頭の中でコルネリに尋ねると、大勢の人間が向かう建物があることがわかる。しかもここからはそう離れていない。
「どうせならもっと混乱させましょう」
「意味の無い行動に私は反対です。早々に移動し陣地を築くべきです」
グロリアは険しい目で僕を睨んだ。
大勢人を殺してもぶれることのない彼女は、悪意をあくまでも他人が振るうものだと思っているのかもしれない。
しかし、突き詰めれば闘争は悪意の押しつけ合いでもある。
「この機会に替えが利きづらい人材を複数殺すことが出来ればその後の防衛も楽になりますよ」
「無軌道な敗残兵も厄介な存在です。指揮官には彼らすべてをきちんと纏めて故郷へ戻ってもらわねばなりません」
なるほど、そういう考え方もあるだろう。
「すでに北方領にはそういう無軌道な厄介者が大勢入り込んでいますから、あんまり変わらないのではないですかね。いずれにせよ、やがてロバートさんが組み上げた軍隊が進んできます。その先の治安維持は彼らの仕事で僕ではないのです」
そもそもを言えば僕の仕事は後付けされてなければ物資の買い付けだったはずだけど。
僕はグロリアに短剣を隠させると、細い路地を出て二人で人の集まっている方に向かって街路を歩いて行った。
移動自体に大した工夫は必要ない。
女性と見るからに無害そうな僕が歩いていてことさらに注目する兵士が少なかったからだ。
普通に歩いて、声を掛けられたり目立たないところに少数でいる兵士を見つけては殺す。
ほんの三十人ほど兵士を殺しただけで僕たちはざわつく司令部のような一角を見つけることが出来たのだった。
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