第501話 盗み

 揉めてはいけない。

 だけどそれは低姿勢で理不尽を耐えるべきという意味ではない。

 揉めないために、僕にはきちんと伝えるべき事がある。


「ちょっと待てや、会長さん。ワシがまだ話してんねん。横からくちばし挟むのはやめといてくれるか」


 ユゴールの目がギョロリと僕の方へ向けられた。

 口元には蛮族に向けられていた笑顔が残っており、ちぐはぐだ。


「いや、無理ですね。まったく無理です。もちろんユゴールさんが話すのは勝手で、続けて貰えばいいんですけど僕は僕で勝手に話します。なぜなら、僕らは別の団体で、僕は責任者だから」


 僕は目を細めて蛮族の兵隊たちを見回した。

 彼らは突然、目の前で起こった口論に若干戸惑っているようだ。


「だって、彼らは荷を全部奪うって言ったんですよ。それには僕らの荷物も含まれてるでしょう?」


 問いを蛮族の隊長に向けてみる。

 彼は面白くもなさそうに顔をしかめて視線を逸らした。

 

「槍を向けられて黙って引っ込んじゃいられないよ。その結果、あなたたちが敵に回るとすれば、とても面倒だけどそれも仕方ない。面倒だけど戦うよ」


 結局、ジプシーに対してはその後の危険度に比して得られるものが小さかったから僕らは引き下がったのだ。

 しかし状況は変わり、彼らの報復を含めても戦った方が得になりそうだ。


「そんなん、言葉のアヤやがな。この人らかて本気で言うてないわい。ここから話で道を開くのがワシのウデやろがい」


「だから、それはそれで頑張っていただいて。僕はどうやら腕っ節を見込まれてこの隊商を任されたらしいので、僕なりの説得をしようかと思っています」


 ははは、と思わず笑っていた。

 のしかかる責任を果たすためがむしゃらに腕を振り回してもがいていたけれど、解決法が戦うことだとすればそれは僕の得意分野である。

 暴力を見せつけ、脅して黙らせればよいのだ。そうなれば結果的に揉めることはない。

 素直なやり方ではないし、互いの納得は欠けている。なにより僕の好きなやり方ではない。

 しかし、責任が僕に手段を突きつける。


「『荷を奪う』という言葉が脅し文句だったとして、じゃあ僕も『皆殺しにして通ろう』と脅し文句を言うわけです。もちろん、あちらが状況次第ではそのまま槍を振るうのなら、こちらもそのまま彼らを殺して行こうと。これが前提ですが、どいてくれますか?」


 その言葉に応じるようにグェンは弓に弦を張り、ほかの用心棒たちも武器をすぐに抜き打てるよう準備を完了した。

 なにかきっかけがあれば彼らは獰猛に獲物をかみ砕くだろう。

 隠すことのない誠心誠意の説得に、しかし一番反応したのは意外にもアスロだった。

 

「会長さん面白いね。いいんじゃない。ねえ、ユゴールさん」


 笑いながら蛮族の隊長を指さすと、遠くを見据えるように目を細める。


「ボージャ家としても話があるのはこの人じゃないしさ、邪魔ならどいてもらって、もっと偉い人を探そうよ」


 僕とアスロに挟まれたユゴールは太い鼻息を吐くと、帽子を地面に叩きつけた。

 

「おまえら、ほんとにわかってない。メッサラ人に会いに来てそのメッサラと揉めてどないすんねん。ああ、もうしんどい。アカン。これというのも全部アンタらのせいやで。ウチの若いもんら血の気が多いのに挑発してくれて、どうしてくれんねん。アンタ」


 その視線は先ほど「荷を全部奪え」と呟いた警備兵に向けられている。

 全員の視線が向けられ、その圧に屈したのか兵士は「冗談だよ」と呟いた。


「今さら冗談が通るかい、ボケ! もうええわい、後のことなんか知るか、オマエらは全員この場で死ぬんじゃ。覚悟は出来とるんやろうな!」


 その言葉を合図に、ジプシーたちも老若男女の別なく武器を構えだした。

 いつの間にか部下を率いたハメッドが十名ほどの部下を率いて蛮族たちの退路を塞いでいるではないか。


「ええ酒貰うて、飲む間もなく死ぬんか。嫌な死に方するなあ、隊長さん」


 ハメッドが長い曲刀を構えて悪魔のように笑った。

 既にこちら側の戦闘要員は戦闘を覚悟して、最終の決定を待ちわびている。

 この状況に慌てたのは警備隊の隊長である。

 一方的に脅し、荷を召し上げる積もりが命のやりとりになりそうなのだ。それも、戦力比率でいけば大きく不利で、しかも逃げ道も塞がれている。


「待て、通そう。司令官にも紹介する。落ち着け!」


「なん、つまらんこと言わんでいいやん。派手にやろうや!」


 警備隊長の言葉に先頭の荷車の上でモモックが不服を漏らす。

 彼はすっかりやる気らしく、歯で成形した石ころをいくつもジャラリと握っていた。


「オイ達が左半分ばやるけ、ジプシーの連中が右でどうやろか。アイヤン、馬が欲しかっちいいよったやん。こんゴロンボどもば全員クラして貰ってこうや」


 確かに荷物を運ぶにも馬は重宝する。しかも兵隊が乗る軍用馬だとすれば、体力もあるのではなかろうか。

 リザードマンも襲って喰らうというグリレシアの登場に警備隊は呆気にとられていたが、彼のアイデア自体は悪いものではない。

 そもそも、ジプシーの連中と違って僕たちにはこの先に進む理由がない。それなら馬を奪って引き返すのが一番得だ。

 ただし、僕は商人であって盗賊ではない。警備兵に襲われて返り討ちにしたのなら、グロリアも納得してくれるだろう。


「あの、隊長さん。とりあえず部下の方々にも武器を抜くように言ってくれますか。そうしないと一方的な虐殺になっちゃって馬を連れていくときに気分が悪いので」


 もちろん、ここが迷宮ならこんな段取りは踏まず、彼らを灰にしてから考えている。

 警備兵たちはいよいよ逃れられない死の匂いに汗を掻いて顔を見合わせていた。


「待てよ、会長さん。若いと勢いがあっていいが、相手の逃げ道つくってやるのも大事やで。なぁオヤッサン」


 ハメッドは長刀を肩に担いで向こうから声をかけてきた。

 それに対してユゴールは深呼吸を一つ。そうして帽子を拾うと、丁寧に泥を払って再び頭に載せた。


「せやのう。まあ通す、言うてるのに殺すのも可哀想や。しかし、なんもなくワシらが通るのも隊長さんらの顔が立たんやろ。っちゅうんなら、どうや。殴り合いでもしとこか。ウチのアスロ、こう見えて喧嘩が強いねん。メッサラの兵隊さんらが順々に一人ずつ挑んでアスロが全員倒したら案内頼むわ。そんでアスロが倒れたらワシら、このまま引き返す。素手なら誰も死なんで済むし、あんたら負けたって青タンこさえて道を通す理由も出来るやろ。どないだ?」


 ユゴールの提案にメッシャールの警備兵達は一も二もなく飛びついた。

 グェンをはじめとする用心棒たちは油断せず戦闘に備えているが、喧嘩好きなジプシー達はワッと盛り上がってアスロを叩きながら周囲に散らばり観戦に備えだす。


「それも楽しそうやん。アイヤンも代表で出れば?」


 荷車の上でこれも楽しそうに寝転がったモモックは意味のわからない言葉を僕に投げ掛けるのだった。

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