第500話 別の都合

 一行はその後、五つの村を越えて更に北西へと進んでいく。

 道中で集めた資源は後方に送り続けているので、荷馬車には余裕のあるまま次穀物倉庫にたどり着けそうだった。

 そう思っていると、検問に引っかかった。

 街路のあちこちには通行人を検分するための小屋や、あるいは通行人を止めて襲撃しようとする私設の関所が設けられていたのだけれど、前者は無人となっており後者は大所帯の僕たちを察知して逃げてしまっていた。

 そういう意味では、大所帯に帯同しようというユゴールたちの行動もよく理解できたが、では改めて僕たちの道を塞ぐこの連中はなんだ。

 皮革を加工して作った鎧を身に纏い、手に手に武器を持った気性の荒そうな男たちが二十名ほどで道を塞いでいた。

 傍らに杭を打ち付けて五頭の馬も繋がれている。


「止まれ、ここからは我々メッシャールの領土だ。荷を置いて立ち去れ!」


 先頭に立つ槍を持った男が大きな声で怒鳴った。

 場所はなだらかな丘の上で、周囲に弓兵を伏せている様子もない。

 

「ようやくか!」


 荷馬車で寝ていたアスロが身を起こすと、飛び降りて彼らの方へ走っていく。

 同時にユゴールも他者を押しのけてその後を追う。

 

「悪いようにはせん。会長さんらは黙って見てたらええわ」


 ハメッドが僕とグェンを牽制するように言葉を飛ばした。

 しかし、彼らを全面的に信用する根拠がどこにもない。

 

「グェン、いざとなったら戦おう。他の用心棒にもそう伝えて」


 前を向いた荷馬車で、即座に撤退は難しい。

 また、広がった隊商を守り切るのも困難だ。

 そうであるのなら二十名くらい、先に討ち果たした方がよかろう。

 グェンもすぐに了解して散らばる用心棒たちに伝えに行った。


「血の気が多いのう。別に取って喰われるもんじゃないわい。それより無駄に刺激するのはやめてくれよ。ワシら、ここまで来たのが無駄になるからな」


 言いながら、ハメッド自身が油断のない目つきでユゴールの背を見つめていた。

 と、背後からグロリアが歩いてきて僕の横に足を止める。


「彼らは北方蛮族の有力氏族ですね。この先の平原からさらに北に住まう人々ですが、さて随分と南下して来たものです」


 なるほど。ブラントが引き起こした北方領の変に対して、北方戦士団が引き入れたという北方蛮族が彼らなのだろう。

 そうして、なるほどユゴールの目的は彼らとの交渉だったわけだ。

 

「遊牧を生業とし武勇を尊ぶ気性の氏族ですが、やはり相当に野蛮でもあります。さて、どうなるでしょうか」


 鋭い目つきでメッシャール人を睨むグロリアは背負った荷袋を荷車に投げ込み、いつでも動ける体制を整えていた。

 

「なんや姉ちゃん、アンタ宣教師なんやろ。ほんなら蛮族こそ商売相手やないんかい」

 

 険しい表情のまま、ハメッドが軽口を飛ばす。

 

「ええ、その通りです。私たちは未開の地へ赴き、偉大なる主の御意志を広めることが仕事です。が、それは身を守るなということではありません。襲われればそれを打ち据えてでも進み続ける事の方が重要なのですよ」


 一行の先端ではユゴールが身振りを交えてなにか交渉をしているが距離があるため内容はわからない。

 僕は大きく息を吸って覚悟を決めると、前方を指さしてグロリアに向かって口を開いた。


「すみません、グロリアさん。案内人として僕をあそこまで案内してくれませんか?」


「ええ、構いませんよ」


 案内人はあっさりと承諾して、僕の先を進む。

 ハメッドもそれ以上、僕の行動を縛るつもりはないようで特になにも言わなかった。


「コルネリ、お願い」


 僕は眠っていたコルネリを揺すり起こすと、彼を空に放った。

 羽ばたいて上昇するコルネリはすぐに周囲を見回す。

 と、いる。

 一つ向こうの丘の陰に無数のテントが建っており、防御陣地になっていた。

 馬が数十頭はおり、二百を超える人数がたむろしていた。

 ここで見張る連中はあくまで予防線なのだろう。

 彼らを皆殺しにしようが、異変を察知されれば大勢の騎馬兵から追撃を受けてしまう。

 コルネリの超感覚は更に向こうに、大きな基地の存在も感知している。

 単独行ならどうにでもなるのだろうけど、今の状況で揉めるのはマズい。

 

「せやから、司令官さんに取り次いでもらえまへんやろか」


 僕たちが列の先頭に着くとユゴールが大仰に頼み込み、検閲所の隊長らしき男は仲間と顔を見合わせて何事かささやき合っていた。


「ピラトリエス公国だかなんだか知らんが、関係ない。失せろ」


 短い間に結論が出たらしく、隊長は槍をユゴールに突きつける。

 しかし、その竿を横からアスロの手が掴んでいた。

 隊長が振り払おうとするものの、槍先はビクともしない。


「まあ、そう結論を焦らんでもいいでしょう。隊長さんにはこれをお土産に」


 ユゴールが片手をあげると件の火酒が数本、部下によって運ばれてきた。


「ほんで、こちらがピラトリエス公国貴族のボージャ家使用人にして、今回の代理人として派遣されましたアスロくんです。以後、御見知りおきを」


 アスロが手を離すと、隊長は舌打ちしながらもユゴールから押しつけられた酒を受け取った。

 北方民の酒好きは蛮族であっても例外ではないらしく、他の部下たちが物欲しそうにその様を見つめている。

 

「そういうわけで、どうか司令官さんへの取り次ぎの方を一つ。よろしくお願いしますわ」


 揉み手をして頼み込むユゴールに、しかし否定的な言葉を投げかけたのは検問所の兵隊だった。


「荷を全部奪っちまえばいいんだ。どうせ、まだ酒もあるだろ」


 隊長はハッとして部下の顔を見回した。

 どいつもこいつも同じ意見の様だった。


「ほら、先頭まで案内しましたよ。ここからどうするかを私に見せてください」


 グロリアはそう言って僕の背を強く押した。

 つんのめりながら、僕はユゴールと隊長の間に歩み出る。

 全員の視線が僕に向けられ、圧力が息を飲ませる。

 しかし、発言を相手に聞かせるのならこのタイミングだ。


「ええ、どうも皆さん。このジプシーの人たちと僕たちはまた別の用で来ていまして……単刀直入に言いますが、その先に用事がありますので黙って道を開けてください。そうすれば僕もあなた方を殺さないで済む」


 いきなり現れた僕のような男の突然の発言にユゴールは目を細め、蛮族たちは呆気にとられた表情を浮かべるのだった。

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