第499話 出発点
翌朝早く、半分の荷を積んだ荷車がシアジオに率いられて出発していった。
「会長さん、なんもそんなイケずをせんでええのに」
ユゴールがぶすっとした顔で車列を見送っている。
彼からすれば搾り取る客が減ったのは痛いのかもしれない。
「そうは言っても僕たちにも都合がありますんで」
視線をやればジプシーたちは手早く撤収の準備をしており、その中にはグロリアにちょっかいをかけて鼻を潰された上に指を折られた男も混じっていた。
移動を住処とする氏族の性質上、怪我が痛もうと寝ている訳にはいかないのだろう。
同時に目に付くのは、アスロと呼ばれる青年が所在なげに座ってぼんやりと空を眺めていることだ。
「いや、まぁええんやけども。会長、まだ北に行くんでしょ。どこまでいきますか?」
ユゴールは懐からシワクチャな紙を取り出して広げた。
それは領主府でロバートが見せた地図などとはまるで違う、精緻な地図だった。
「ワシらとしてはもう少し北西に行きたいんやが、どないだ。その辺にも食料庫がありまっさかいアンタらの行き先ともカブってちょうどええやろ」
まるで決定事項の様に言うのだけど、残念ながらそれをはね退けるほどの情報がこちらにないのだ。
昨夜はこの村で情報収集する予定だったものが、騒ぎで全く叶わなかった。
さらに言えば、すっかり彼らに懐柔されてしまった人夫たちが、理由もなくジプシーと離れるのを受け入れるのかは難しい。
「いいやん、アイヤン。どっしり構えてこん連中のあとを着いていこうや」
既に荷を積んだ荷車の上で、腸詰めというらしい棒状の肉料理を齧りモモックが言った。
寒がりなのだからシアジオ隊に着いて東方領に帰れと何度も言ったのだけれど、彼が僕のいうことを聞くはずもなく、残留したのだった。
「そっち行くとな、北方領の境目がせり出して来てますねん。アンタらの言い方に倣うと、北方蛮族やら呼ばれる連中の居住地に近くなる。実を言うとワシら、そこに用がありますねん」
へへ、と笑いながらユゴールの太い指が地図の上の方でへこんだ線をなぞる。
「それ、大丈夫ですか?」
僕は思わず眉をしかめた。
たしか、流入する盗賊や傭兵たちと争わずに北方戦士団の残党は敵対するはずの蛮族を引き入れたと聞いた。
僕たちからすれば、どちらだろうとあまり関係なく追い払って住民と交渉するのが目的である。
ユゴールが交渉しようとしても、戦闘が始まってしまえば血は流れていくだろう。
「かまへん、かまへん。揉めたら揉めたでええねん。しかし、うちらみたいな小団体が野面で行っても軽く見られるだけやから、会長さんらと行った方がいずれにせよ話はしやすいがな」
「僕は知りませんからね。それと、ジプシーの人たち、少なくないですか?」
小団体、とユゴールはいうものの彼らは少なくとも数十人はいる。
しかし、先日の乱闘時に見た頭数よりも、現在は明らかに人数が少なかった。
「そりゃ、会長さんたちが森を押さえたいうからね。どんな形にせよ活用するのに道具がいるやろ。ワシ、気を使って部下に鋸やら斧やら買い集めに走らせてますねん。気が利くのがワシのウリやから」
「そいで、集めてきた斧やらをここで高く売るとやろ。絶妙なコスさがいいやん」
荷の上に寝転がったモモックが軽口をとばす。
確かに、今から継続して木炭を買いとるとなった以上、ここら辺の住民はそれ用の道具を買い求めるだろう。そのためには多少の高値も出すかも知れない。
「お、会長の連れてはる獣人さんはずいぶんと賢いやないか。そんなん、押し売りするわけと違うから小銭にしかならんけどもな、貧乏所帯を養おう思たらなんでも手出していかなあかんのよ」
ユゴールは太い鼻息を吐いて胸を張る。
実利の追求がむしろ誇らしいのかもしれない。
僕たちの同行が目的でありながら芸を売って金を稼ぐのもそのあたりに理由がありそうだった。
「ウチの獣人もそれくらい目端が利けばいいんやけど、ホンマ固いやっちゃからな」
ユゴールは渋い顔をすると顎をボリボリと掻く。
しかし、はて。
ジプシーの連中に獣人なんていたものか。
強いていえばハメッドという男の目つきや雰囲気から強烈な獣臭を漂わせているくらいだった。
※
次の村に着くと、広場にはいくつかの木箱が積まれていた。
徒歩の速度で移動する僕たち本体から別れ、馬で先行するジプシーたちが生活物資及び食料の買い上げを触れて回っていたのだ。
こうやって細々買い上げた物資も、地元の人間を雇って山間にあるモルテの宿場まで送れば東方領へ効率よく荷物を運べる。
村長らしき男を相手に、シアジオが置いていった会計係が交渉を行っている横で、ジプシーたちは早速お店を広げて商売を始めだした。
大半の子供たちは親に手を引かれて家に隠されるのだけど、あまり品のよくなさそうな少年たちが露天を覗き、楽しそうに笑いあっている。
「あんな連中がノコノコとワシらに着いて来おんねん。代わり映えせん日常と比べてなんや、派手な旅暮らしが楽しそうに見えるんやろな」
ハメッドが少年たちを指して呟いた。
ジプシーたちがくると子供がさらわれると聞くが、その真相だろう。
護衛として僕のそばに立つグェンがそれを聞いて目を細める。
「おまえも親の言うことを聞かないガキだったんだろうな」
「親……な。そういやワシ、自分の親、六歳の時に自分で殺したんやった。そんで生まれた村を飛び出して、ユゴールのオヤジに拾われたから生きてんねんけど、世の中の親がええもんばっかじゃないからよ。氏族で生まれたモン以外は大なり小なり、みんないろんな傷を持ってるわ。よその氏族じゃ、寄ってきた子供さらって売り飛ばす外道も珍しくないし、たまたま拾われたのがウチでよかったとは思うけどな」
そう語るハメッドの目は濃厚な生命力を宿したまま遠くを見つめており、長い髪は華美な髪留めに纏められているのだった。
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